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徒然 FD2 2017/8-3 [クルマ]

徒然 FD2 2017/8-3

FD2に長く乗っている方はおそらく経験しているであろう“クラッチギコギコ問題”が再発している。クラッチを踏み込むとギコギコという音と感触があり、それがだんだん増悪するというFD2の持病だ。同じエンジンを積んでいるHondaクルマに共通する問題であるという情報もあるがどうなのだろう。幸いにしてクラッチの機能に問題はないのだが、FD2に乗る意味は“走ることそのもの”なので、この問題は無視することはできない。だってギコギコいわせながら走っても楽しくないんだもの。走っているとついついアクセルをあおって意味のないシフトチェンジをしたりダブルクラッチを踏んでみたりヒールアンドトーのやり方を変えてみたり。このクルマが好きな人はみんなそんなことして楽しんでいるのではないだろうか?私だけ?まあ安全にドライブを楽しめればそれでいいのだけれど。しかしともかくそのたびにギコギコいわれると、全くつや消しというか興ざめというか、せっかくのドライブが台無しなわけだ。だから私的にはこの問題をどうしても何とかしなければならない。放置プレイはとても耐えられない。

我がメカ氏に頼んでグリスアップしてもらうと一時的に改善はするのだが、残念ながら本質的な改善にはつながらず、効果はせいぜい持って数千㌔だ。しばらくだましだまし走ることはできるが、結局パーツを交換してもらうしかない。様々なリソースからの情報によれば、クラッチのシリンダ付近で金属同士が斜めに押し合うような構造になっている部分があり、長く使っているとどうしてもギコギコしてしまうのだという。残念ながらメーカーは何ら対策をしてくれないご様子。対策部品は用意されていないという。交換後の3万㌔までは機能を保証してもらえるのだが、私の場合は4万㌔前後でギコギコしてくるようだ。なんという微妙な設定。ソニータイマーみたいでちょっと悲しい。FD2は性能を追うあまり整備性が良いとは言えないクルマなので、マスタシリンダを交換するためにはいろいろな部品をはぎ取る必要があり、結構な重整備になって時間もお金もそれなりにかかってしまうのも困りものだ。

今度の車検でクラッチ関係の部品も片っ端から交換してもらうようお願いしてあるので、整備のあと、生まれ変わった愛車に乗るのを楽しみにしている私である。

タグ:FD2
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Kamakura 2017/8-3 [Kamakura]

Kamakura 2017/8-3

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おかげさまでまた自分だけのための時間を作ることができた。思うさま鎌倉の街を歩き回ることができて幸せだった。鎌倉を訪れると、血圧が下がるみたい。マジで体にいいようだ。さて。


<本日のルート>
何もしていない筈なのにカメラの設定が変更されており、いい画像が撮れなかった。なんかちょっとコワイかも。

五所神社
実相寺
光明寺 健さんのお墓があったのねえ、、、
九品寺 鎌倉市と土地のことで何か問題が?
向福寺 小さな家庭的な雰囲気のお寺だった
妙長寺
啓運寺
辻の薬師
本覚寺
安国論寺 入口のみ
妙法寺 何度も足を運んだのだがこれまで何故かたどり着くことができなかった。本日も何度か道を間違えた末にようやく拝観できた。なんかちょっと怖い。しかし拝観させていただくと、想像をはるかに超えた素晴らしいお寺だった。やっぱり鎌倉は奥が深いと実感。何度でも伺いたい。スズメバチが沢山いてちょっと怖かったけれども。スズメバチのせいで化粧窟に近寄れなかった。それだけが心残り。

その後いつものお蕎麦屋さんで日焼けした体を休め、家人へのお土産を贖って心やすらかに帰宅した私であった。

タグ:鎌倉
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鎌倉 竹扇  せいろ大盛り 870円 [日本蕎麦]

鎌倉 竹扇  せいろ大盛り 870円

Chikusen.jpg
生まれた場所にごく近い鎌倉に未だに親近感を感じており、疲れてしまうとこのあたりを訪れることが多い。鎌倉で蕎麦、というのはあまり考えたことがないのだが、目についたお蕎麦屋さんに足を運んでみた。観光でにぎわう場所からは少し離れた、鎌倉駅西口の、市役所からほど近い、地元の方々の生活を感じさせる街角に竹扇はある。街のお蕎麦屋さん、という認識で、大変失礼ながら多くを期待せずに暖簾をくぐった。

テーブル数個に小上がりがあり、おばちゃんたちが元気よくはたらいており(Webで確認すると家族経営とのことだが、一族にあんなにたくさんおばちゃんがいるのだろうか?なんかすごいな)、地元の方の生活に溶け込んだお蕎麦屋さんそのものだ。しかしBGMに有線と思われるJazzなどが流れており(年季の入ったオーディオを現役で使っておられる)、ちょっとだけ専門店的な雰囲気も漂っている。ともあれ、私のOrderはいつでもどこでもせいろ大盛りだ。店内は幸いにしてあまり混んでいないのだが、かなり時間をかけてお蕎麦が到着。プラの角盆に四角いせいろ、蕎麦つゆは徳利に入った私が好む形で提供された。小皿にはそっけなく、輪切りのお葱と生山葵。鎌倉は自然が豊富ということもあり、双方ともに鮮度が高いようだ。そのままお酒のつまみにしたい感じ。それでお蕎麦はどうだろうか。中細でエッジが立っており、長―いお蕎麦。調理は手際よく丁寧に行われているようで、ちょうどよい茹で加減。機械打ち機械切りであることはほぼ間違いなく、二八かそれ以下のお蕎麦、、、と思ったが、意外なことに鮮烈なお蕎麦の穀物香が。おお、いい薫りだ。意外と期待できるかも。お鼻ピッタリでしばしお蕎麦の高貴な薫りを楽しませていただく。穀物の甘い薫りが長くは続かず、一瞬で終わってしまうのはナゼ?ちょっと寂しいがまあそれはいい。そのお蕎麦を数本手繰ってみると、歯ごたえ良し、歯切れはもうすこしねっちょり感があってもいいが悪くなく、喉越しも大変結構。十分満足だ。蕎麦つゆは、、、と。海沿いのお蕎麦屋さんは、カツヲがおそらく廉価に入手できるためなのだろう、出汁が強めでちょっとシャバシャバ、濃厚感とまとまり感に欠ける、といった漠然とした印象があるのだが、ここの蕎麦つゆはどうだろうか。セオリー通り出汁は強め、お醤油の発酵感と濃厚感はやはりやや薄め、甘みは少な目、まとまりは弱め、といった感じで、やはり“海岸沿いお蕎麦屋さん系”に属するようではあるが、それはそれでなかなかおいしい。ちょっとだけそのまま呑み干して、蕎麦つゆの味をじっくりと楽しんだ。お蕎麦を半分少しくらい蕎麦つゆにくぐらせることにして、あとはもう夢中で、短いが濃厚な蕎麦時間に突入した。無念無想というやつだ。あっという間に良心的な量の大盛りを平らげ、それから、別仕立てで濃厚にしつらえた、薄いポタージュ状の蕎麦つゆを全て楽しみつくしてお店を後にした。

期待を裏切る、なかなかおいしいお蕎麦だった。街の気軽なお蕎麦屋さんで行くのか、専門店で行くのか、それとも最近西口にも増えつつあるという観光客(何を見るのだろう?)を目当てにしているのか、今一つはっきりしないが、おなかがすいたらまた足を運んでもいいかな、と感じさせたお蕎麦屋さんだった。ごちそうさまでした。

その後ちょっとだけWebで調べてみると、二階には座敷があるそうな。なるほど、やはり基本は街のお蕎麦屋さんだったのね。納得納得。街のお蕎麦屋さんだけどなかなか実力もあるよ、という方向性を明確に打ち出していけばいいのかな、などと勝手に考えて自己満足。



2017/7  再訪  せいろ大盛り 870円
散策の最後に竹扇で足を休めることに。炎天下を何時間も歩きづめに歩いたため喉がカラカラだ。花板?のオバサマはよく客をみており、私がコップを空けると何度でもお水を入れてくださる。ありがたい。喉が渇き、疲れ切り、体もほてっているためビールなど嗜みたいが、ここはじっと我慢だ。

供されたいつも通りのお蕎麦は、ことのほかおいしく感じられてあっという間に手繰りきってしまった。塩分を体が要求しているためか、いつもはやらない蕎麦ツユ一気飲み。血圧はどうなった?さらに蕎麦湯を全て楽しみつくし、ようやく人心地ついて岐路についた私であった。空腹は最高の調味料、という、言い尽くされた言葉の意味を体で理解した夕べであった。とてもおいしかった。ご馳走様でした。


2017/7  再訪 せいろおおもり 870エン

珍しく混雑した食事時に伺った。私の注文はいつも通りせいろおおもりだ。ずいぶん待ってからお蕎麦が到着。混んでいるので待ち時間に文句を言うつもりはない。しかしお蕎麦をしげしげと観察すると表面が乾いており、手繰ってみると、、、お蕎麦が饐えている。これは許せない。切れそうな気持が落ち着いてからじっくりどうするか考えた。何度も手繰ってみて、お蕎麦が饐えていることを何度か再確認した。それで、私は結局すべてのお蕎麦をいつも通り手繰らせていただくことに決めた。腹が下るのなら下ればいいさ。蕎麦湯も全て飲み干した。満たされない気持ちで家路についた私なのであった。忙しいのはわかるが、調理して何らかの理由で時間が経ってしまったお蕎麦を客に供して許されるものだろうか?I will give you one more chance, ok?電車で大酒を呑んでふらふらになって帰宅した。家人はあきれていた。


2017/8  再訪 せいろおおもり 870エン

ということで再訪だ。今回は幸いにして“特別ではないがおいしいお蕎麦”を食べることができた。一安心だ。前回のことは忘れてしまおうと思う。お蕎麦は分刻み秒刻みに味も薫りも変わっていく生鮮食品なのだ。お蕎麦屋さんでその事を理解していない方はおられない筈だ。生鮮食品はやはりそれなりに扱う必要があるのではないか。言いたいことは山ほどあるが、また伺おうと考えているのでよろしくお願いいたします。

2017/8 JR品川駅にて [雑文]

2017/8 JR品川駅にて

移動中に,品川駅のワインを扱っているお店で、上品なご亭主からお酒を買わせていただいた。朝早い時間だったので、選択の幅は乏しく、ビールを止めてしまった私は日本酒がなければワインくらいしか飲むものがないのだ。このお店では小さなボトルワインを求めたのだが、ご亭主はお店を去っていく私に親切に声をかけてくださり、小さなプラスチックのコップを下さるという。お礼を言ってお店を後にしようとした私に、ご亭主はさらに“楽しんでくださいね”と一言。わたしは驚くと同時にとても嬉しく、ほとんど感動した。日本人はこれだ。こういう心遣いが大切なんだ。ご亭主はさほど年かさの方ではなかったが、日本の良心に触れたような気がして私は大変うれしかった。その後私はこの喜びを自分自身の仕事にも積極的に生かしている。

品川駅エキュートのワイン屋さん、強くお勧めします。

タグ:品川駅
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徒然 FD2 2017/8-2 [クルマ]

徒然 FD2 2017/8-2

私のFD2は距離を重ねて10万㌔に達した。かつて10年10万㌔という本があったように記憶しているのだが、10万㌔はクルマを乗っていくうえで一つの目安になる距離であることは間違いない。つまり十分にお役目を果たしたというか、楽しみつくしたというか。だから多くのドライバーは10万㌔を走り切ったのち、その車に感謝しながらドライバーズシートから静かに降りることだろう。しかし頑固でこだわりが強い私は、まだまだ我がFD2と付き合っていくつもりである。いろいろ迷ったのだが、結局大枚をはたいて我が信頼するメカ氏にすべてを委ね、クルマを新品同様のレベルにまでbrush upしてもらうことにした。整備の希望を伝えると、おい、本当かよ?と思うようなものすごい見積もりが出てきたのだが、値切ったりしないことに決めている。すべて彼に任せて、結果が気に入らなかったらその旨伝えれば何とかしてくれるだろう。今後も自分のクルマの整備をお願いするつもりだ。いままで期待を裏切られたことは無い。

直列4気筒のガソリンエンジンを積んだ車の本質的な機能を煮詰めて“結晶化”させると、VWのゴルフになるのだという結論に最近たどり着いた。おそらくそれで正解なのだと思う。小型のバイクがHondaのカブとして“結晶化”したように(異論はあるだろうがキコエマセン)、クルマに関する人類の知恵と経験が具現化されたものがVWのゴルフなのだと個人的には確信している。カローラも有力候補なのだが、ゴルフには一歩譲るのではないか。なので10万㌔を走り切ったFD2をGolf GTIに置き換えようとも正直考えた。しかし私のFD2は“まだまだいけるぜ”と車庫で私を待っていてくれる気配だ。だから大枚をはたいてクルマのコンディションの大々的なリセットをして、新たにFD2との生活を始めようというのだ。どこまで距離を延ばせるだろうか。私は少なくとも20万㌔まではいけるのではないかと期待している。このクルマを永く乗ることに意義を感じている人はあまりいないような気がするが、人は人なので、まったり距離を重ねていこうと思っている。

タグ:FD2
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神田錦町 更科 おおもり 800エン [日本蕎麦]

2017/8 神田錦町 更科 おおもり 800エン

神田 更科.jpg
何度もここに行こうとしていけなかったので、今日伺うことができて大変うれしい。それでいつものようにおおもりをお願いして店内を観察。お店は外見上は大店と拝見したが、内部が仕切ってあって比較的こじんまりした店内。テーブルが数個と小上がりのようになった座敷がL字型に配置されている。テーブル、壁、天井などは年季が入っており大変結構。いい味が出ている。床は小粒な玉砂利?のような感じで、なかなかいいのだがもう少しお掃除を、、、まあこれはいいか。花板さんは堂々とした、背筋の伸びた背の高いおかみさんだ。調理場では黒いTシャツを身にまとった男性二人と女性が一人。

供された大振りのお茶碗に入った蕎麦茶をどんどんいただいた。外は灼熱地獄なので大変助かった。調理場で私のお蕎麦をゆでてくださっているのは、年かさの男性だ。背中に年季がにじみ出ている。冷やした蕎麦つゆは娘さん?が徳利に。コーヒーのペットボトルを貯蔵に使っておられるのを目にしてしまった。これは興ざめなので人目につかないようにやっていただきたいと強く思った。それで、角盆に朱塗りのせいろ、蕎麦猪口と小さな蕎麦つゆを入れた徳利、仕切りのついた小皿の上に、大根おろし、輪切りの葱、それからひと手間加えた生山葵が乗って供された。なかなか手際が良く、ありがたかった。お酒は頼みそこなったが、お蕎麦の前に薬味はそのまま食べてしまう。一見変哲がないが、各々なかなかのものだった。特にお葱がおいしかった。

しげしげとお蕎麦を眺めてみる。おおもりなのでお蕎麦はこんもりとせいろの上に盛りあがっており、良心的。お蕎麦はかなり細く、長く、エッジが立っている。明らかに機械の仕事だが文句はもちろんない。更科というほど真っ白ではなく、細いお蕎麦なのだが穀物の粒子が所々に。星はほぼ見当たらない。味わう前に例によってお鼻ペッタリでクンクンしてみるが、、、。割り箸が竹なので、竹の薫りが邪魔をしてよくわからない、、、。何度かやってみると、だんだんわかってきた。つなぎの小麦粉とともに優しく鮮烈なお蕎麦の薫り。しかし全体に奥ゆかしい感じだ。二八蕎麦なのかな?多分そうだろう。歯ごたえはよいのだが、細いだけあってむっちり感はやはり乏しい。喉越しはなかなかのもの。外見を裏切るような男性的なお蕎麦だ。それから蕎麦つゆ蕎麦つゆっと。

おお、ペットボトルに入っていたにしてはいい薫りだ。偏見はやっぱり敵だ。人生は濁りのない清らかな心で楽しまないとね。少量啜ってみる、、、おお!いける。まつやのに似ているが、すこし甘め、すこし醤油成分が全体から浮いている感じ。一体感がすこし足りないかな?しかし手練れの職人さんが作った練り上げられた味と薫りだと思った。おいしい。ついつい蕎麦猪口半分ほど呑み干してしまう。うん、やっぱりうまいぞ。

蕎麦が細いのでほんの少し蕎麦つゆをくぐらせて、、、と思ったのだが、半分以上つけるようにして食べたほうがバランスが良いようだ。ナルホド。それからは夢中でお蕎麦を手繰り続け、あっという間にせいろは空っぽになってしまった。その後は悠々と蕎麦湯を3杯楽しんで、幸せな気分でお店を後にしたのであった。満足。

この質でこの量で800エン、これは素晴らしいお蕎麦屋さんだ。おおもりの上の特もり?というのがあるらしいので、今度試してみようと思っている。残念ながら8月にはいって値上げするとのことなのだが、お店の存続のためには仕方がないことなのだろう。頑張ってほしい。お店の存続強く希望。

傍目から見ていておかみさんの体調がすぐれないご様子。ちょっと心配だった。

帰り際に建物の外見をじっくり拝見させていただいたのだが、内部を半分に仕切ってあり、半分がカレー屋さん?になっているようだ。ご家族が経営しておられるのか?経済的な理由なのか?謎は深まるばかりなのだが、今後時間があれば通わせていただきたいと考えているので今後もヨロシクお願いしたい。いいおひるごはんだった。うん。

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Kamakura 2017/8-2 [Kamakura]

Kamakura 2017/8-2


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我ながらかなりおかしいと思うのだが、引き続き鎌倉に通いつめている。よく京都や奈良に通いつめてとうとうそこに住んでしまうような人たちを目にするが、私もなんだかそんな感じだ。最近転居を意識することがある。ともあれ、今日も観光客の少ない朝から鎌倉散策、“朝鎌”だ。それでも予想を超えて日差しが強く、どうしてもお顔なんかが土方焼けになってしまう。心は静かになったけれども。

<本日のルート>
大巧寺
小町大通り
蛭子神社
日蓮上人辻説法跡
妙隆寺
東勝寺橋
東勝寺跡
大町付近の切通し
大宝寺
安養院
上行寺
常栄寺
妙本寺
本覚寺

しまった!安養院と上行寺に目がくらんで楽しみにしていた妙法寺に行くのを忘れた!
まあいい、これであと一回は鎌倉に行くことができるからね。我ながらやっぱりビョーキだ。

タグ:鎌倉
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2017/8 渋谷 鳥竹本店 [雑文]

2017/8 渋谷 鳥竹本店

旧友と再会した。旧友と酒を酌み交わす。世にこれほど楽しいことはない。
彼は昔通い詰めた店に付き合ってほしいという。否やはない。焼き鳥の名店ということで、けむけむになっても大丈夫な服を着て足を運んだ。ものすごく久しぶりの渋谷、街並みはすっかり変わってしまって、毎日足を運んでいた頃の面影を追うのは簡単ではなかった。さて。

東横暖簾街を地下に収めた新しいビルの向かいに、昼間から煙を吐き出している古いビルがあった。ものすごく場違いだ。そこだけ歴史から取り残されているようだ。お店の前ではプロの?ナンパ士のような人が、道行くオネイチャンに片っ端から声をかけていた。道行くオネイチャンは、確かにかわいい子が多いような気がする。渋谷久しぶりだな、、、。ともかく、ここが鳥竹のあるビルである。暖簾をくぐると煙草を吸わない我々は、倉庫のようなビルの地下に通された。そこでは靴を脱いでお店の人に預けろという。私はこれが苦手だ。このような店はほとんどの場合掃除が行き届いておらず、汚れた靴下をはいた足をお気に入りの靴に突っ込んで帰ることになるからだ。まあ私は清潔病にかかっているので多くは語るまい。友との時間が大切だ。しかしこのお店も例外ではない。心をあきらめモードに切り替えて、友人との会話に焦点を合わせることにした。まあ、とっとと呑んじまえばいいか。

通された部屋は大部屋で、小さな脂ぎった机がちまちまと並んでいる。部屋の床は汚くはないけれど擦り切れた畳であり、そこにコクのある小さな座布団が巻き散らかすように並べられている。お客さんはみな楽しそうに焼き鳥を口にして盛り上がっている。20人くらいの家族連れの集団とか、アベックとか。老いも若きもみな楽しそうに焼き鳥とビール。ワンワンと湧きかえるような熱気。走り回っている子供なんかもいるが、雰囲気は悪くない。その合間を痩せこけた青年が疲れた表情でバタバタと働いていた。大繁盛だ。なるほど名店なのだろう。しかしどうにも足の裏が落ち着かないのはどうしようもない。早く飲んじゃわなくっちゃあ。ビールビール。ここで日本酒を呑もうとはさすがの私も思わなかった。ホッピーならベターかも。しかしここは基本のビールで攻めることにした。大部屋の一角に案内された巨人であるところの私は、友人と向かい合うスペースを確保できず、女性の様に横座りをする羽目になった。すごい店だ。まあそれはいい、呑んでしまえばどこでも快適だ。ということで当然大ナマをお願いした。詳細は知らないが、このお店の大ナマはコクがあって温度管理も適切でなかなかおいしい。あとは大ジョッキの洗い方を、、、もうこれは言うまい。汚れた壁に体を預け、ぐいぐいとビールを飲み干した。友人のチョイスで次々とお願いした焼き鳥は、塩が比較的緩めで量があってなかなかおいしかった。彼は大学生のころにここに足繁く通ったというが、当時はこのお店の焼き鳥は彼にとって大変な贅沢品だったとのこと。なるほど、そのころの仇を討っているのね。どんどん食べようではないですか。いつもはなんでもかんでも塩で食べる我々なのだが、ここでは彼がたれで食べろという。ものすごく抵抗があったがやってみると悪くない。どんどん食べ進んだ。結局私が一番気に入ったのはなんと鳥皮で、油で揚げたようにはじけた皮が大変結構でした。このような楽しい時間を過ごし、ビールを大量に消費していると、呑んではおしっこをし、呑んでは出しという循環に陥って、酔いも一定のレベルに維持されるのは誰でも経験することだろう。だからビールをトイレに流せば同じだというジョークもあるが、もちろんそんなことはしなかった。

夕方になってお店が混みだすと、田舎から出てきたばかりというような、素朴な感じの女の子たちがやってきて、近くのテーブルで食事を始めた。それが終わるとお皿を自分たちで片づけて、お店の中に散って行った。バイトの子たちが賄の食事を客席でしていたということだろう。この子たちは元気で素朴でなかなかいい味を出しており、慣れない感じで一生懸命働いているのがとてもよかった。そういう目で周りを見回してみると、客の中に若いオネイチャンがたくさんいる。結構おしゃれをして、薄汚れた畳の上に嬉しそうに座り込んでいる。隣に汚いオヤジ(私もそうだが)がぐびぐびやっていても気にならないらしい。そのほとんどは彼氏と来ているわけだが、なんとオネイチャン数人で呑んでいるグループもある。驚きだ。この店は実力あるんだな、と思った。こぎれいな居酒屋なんていくらでもあるのに、あえてこのお店を選ぶなんて。

大変失礼だがあまりきれいではない大部屋に詰め込まれ、脂ぎった机と壁に身を預け、大量に飲み食いしていると、なんだかものすごく強力な“ゆだね感”がにじみ出てくる。まあ汚いけれどどうでもいいか、服が汚れても洗えばいいよね、お皿が汚れていたって死んだりしないよね、等々。それでだんだん体も心も落ち着いてリラックスするわけだ。トイレも狭いし汚いし、隣でおしっこしている女の子の息づかいまで聞こえてくるし(あんなに真剣におしっこしなくっても、、、)、普通に考えれば居心地がいいわけがない場所なのだが、なぜか大変快適な時間を過ごさせてもらった。これは昭和だ、昭和。昭和の時代の楽しみ方なのだと思った。というか思い出した。思えばたくさんの安酒を呑み、体に悪いおつまみを食べてきたものだ。今はもうそんなことはなく、お酒を呑むときは万難を排して清潔なお店を選び、あまり食べないようにしているのだが、当時はそんなことを考えるお金も余裕も時間もなかった。そういえばかつては服を汚して異臭を発しながら居酒屋から帰宅する私を家人がずいぶん嫌がったものだった。今は私も情けないことに家内の側に身を置くことが多いが、久しぶりに懐かしい感じの昭和のような肌触りの時間を過ごすことができた。持って帰ったお土産の鳥竹丼は、上品で清潔な紙で丁寧に包んであり、大変結構でした。家人も喜んでくれた。

鳥竹は確かに名店だと思った。気力と体力と友人がいるときにまたお邪魔しようか。

タグ:渋谷 鳥竹
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福祝 特別純米 播州山田錦 五十五%磨き 藤平酒造合資会社 [日本酒]

福祝 特別純米 播州山田錦 五十五%磨き 720ml 1458円  藤平酒造合資会社P6290911.jpg

最近日本酒の世界に戻ってきつつある。数年前に帰国していろいろと捜し歩いているうちに出会ったのがこの福祝だ。いわゆる端麗辛口、というカテゴリーのお酒だというが、すっかり味覚が変わってしまった当時の私には、なかなか濃い味わいのように感じられた。酒作りに日本特有のきっちりとしたいい部分が出ているような気がして、大量に買い込んで毎日のように楽しんでいた時期があった。

何度か蔵元まで出向いて、仕込みに使う名水を味わったり、お店などを見学させていただいたりした。醸している量が(石数というのだろうか?:兄弟3人と高校生のアルバイトで酒造りをしているというが本当か?本当ならカッコイイ。)少な目だからだと思うのだが、丁寧に醸されている一方で、年ごとの揺れが大きい。価格とクラス分けされた品質が逆になっているようなことも多いような気がする。好みの問題もあるのだろうけれど。個人的にはそこが面白くって気に入っていた。さて、久しぶりに封を切ってみることにするか。外箱が新しいものになり、英語で銘柄を刻んである。確かに恰好がいいけれども、箱をなしにして蔵元の利潤を増やすとか、その分品質向上に回すとか、そのほうがいいかも、などと考えた。しかしせっかくなので、しばらく外箱をしげしげと眺めてみる。さて、久しぶりの福祝は、私にどんな時間を与えてくれるだろうか。微笑みつつ封を切る。

鮮烈というほどではないが、ほどほどに控えめ、しかしそれなりに華やかな薫り。いわゆる吟醸(様)香というやつだろう。良心的かつ誠実な印象を与える。出だしは好調で、いい感じだ。ガラスの酒器に移してじっくりと眺めてみる。うっすらと緑みがかった黄色で、澄んでおり、トロリとした印象を与える。美味しそう、というか”旨そう”だ。少しだけすすってみると、、、昔と同じさわやかな味と薫りだ。苦味と僅かーな酸味が隠し味になっておっとりとした透明感あふれる甘みが立体的に感じられる。やはり美味しい。今日の奴も大好きだ。味わいに奥行や力強さはしっかりとあるが、濃厚という領域までは踏み込んでいない。全体にさっぱりとした飲み口。端麗旨口のカテゴリーに分類していいのだろうけれど、旨口の部分がやや強調されているというか。

あれから何年も経って、私もずいぶんと変わってしまった。しかし全体として、福祝が与えてくれる印象はそのままで、嬉しかった。蔵元の三兄弟は今も頑張っておられるようだ。今年の福祝もとてもいいお酒だ。多くの方々にお勧めしたい。


また呑む?:Yes 
印象   :千葉県の久留里で少量生産している良心的なお酒。驚くようなことはないかもしれないが、良心的な酒造りを感じさせ、私にとっては日本酒の基本となっている。毎日の晩酌にお勧めしたい。年ごとの微妙な変化を楽しんでほしい。これを嫌う人は少ないのではないか。



福祝 特別純米 播州山田錦 五十五% 磨き 1800 ml 2777円  藤平酒造合資会社

結局これに帰ってきてしまった。味が今一つ安定しないのも、ロットごとに味が微妙に違うのも楽しい。今回のものはいつものものよりすこし薄くスムースな印象で、酸味も少し強めカナ?しばらく福祝だけを、家で一人で少しずつ楽しんでいこうと考えている。小さな蔵なので、手に入らないときは困るなあ、、、。



2017/7

久しぶりにこのお酒を。今日手に入れたものはいつもよりフルーティでかつさっぱりとしている印象。ちょっと薄め?それでも品評会で賞を取ったのだそうな。驚くにはあたらない。だっておいしいんだもの。呑み干した後の舌に残るユニークな苦みはまさに福祝なのだが、これまで数限りなく呑んできたものとはちょっとだけ印象が違う。この揺れの大きさが福祝らしくて好きだ。味わいが複雑というか特徴をつかみずらいというか。

もう一度じっくりと味わってみる。上立ち香りは弱めでお花というよりはなんだか洋菓子のよう。こいつを口に含んでみると、ブドウのような花のような。もわっとした奥行とコク、僅かなピリピリとした苦み。酸味はさほど感じさせない。上記したが呑み干した後のほろ苦さが私にとっての福祝らしさだ。後味さっぱりで呑み飽きしない。どんどん呑んでしまうのが玉に瑕だ。次第に全体の印象が苦めに変わっていくのも面白い。なんのかんの言っても、やっぱり福祝は素晴らしいお酒だと再確認した。


2017/8

ちょっと残念なお話だ。

よせばいいのに久しぶりに一升瓶を買った。賛成してくれる方も多いのではないかと思うが、封を切ってから空になるまでのお酒の味の変化の“物語”を楽しみたいから一升瓶を買うのだ。この大きな瓶を立てて冷やしておく専用の冷蔵庫を持ってはいないが、何のことはない、時間をかけずにとっとと飲んでしまえばいいのだ。最近は温度管理などの技術の進歩で、魂がとろけるようなおいしいお酒が飲めるようになってきてはいる。しかし冷蔵を前提に作られているお酒、例えば生酒などがあるため、お酒屋さんも我々も、品質に応じたお酒の扱いをする必要があるのだ。そうでなければせっかく蔵元が苦労して作ったお酒を台無しにしてしまうことになる。

さて、久しぶりの一升瓶なのだが、いつものお店で気軽に買った。冷蔵庫の中に福祝の一升瓶を探したのだが見当たらない。ご亭主は常温保存で十分であるというので、はいそうですかと喜んでお支払いをしてしまった。確かに火入れはしてあるので大丈夫かもしれないが、生っぽさを残した仕上げのこのお酒、しかもロットによって大きく味わいが異なるようなこの銘柄だ。大丈夫なのだろうか、と疑ってかかるべきだったのだ。本来いい加減で、呑んでしまえば細かいことはどうでもよくなる私だ、ずっしりと重いお酒をぶらぶらさせながら楽しく帰途に就いた。それでさっそく封を切ってみた。本当は一升瓶からラッパ飲みしたいところだが、さすがにそれはしなかった。

一口なめて、“なんだこりゃ”。味も薫りもすかすかなのだ。アルコールはきちんと残っているようで気分は良くなるのだが、これは残念、呑んでいても楽しくない。日本酒を常温で呑むのは嫌いではないのだが、これはひどい。生ぬるいだけだ。それで楽しい筈の一晩をあきらめて、お酒を冷蔵庫に放り込んだ。そして次の日、、、。ポンとふたを開けてトクトクといつものぐい飲みに。しかし福祝特有の“あの”薫りが漂ってこない。味わいはある程度回復しているようではあるが、すかすか感は色濃く残っている。“ひねて”いるわけではないけれど、温度のせいなのか、光のせいなのかわからないけれど、このお酒は運搬~保存する過程で、銘柄に特有の薫りと味わいをなくしてしまったようだ。だからなんだかお葬式のような気分で残りのお酒を呑むことになってしまった。

ものすごく昔の話なのだが、田酒が有名になる前にはりこんで一升買いこんだことがある。お酒がひねていて、あまりに悲しかったため、そのことを蔵元に伝えたところ、新しいものを送ってくださった。流通や販売店のせいかもしれないのにスバラシイ蔵元だと思った。それ以来田酒の大ファンなのだが、今はもう全国区、美酒としてブランドが確立されているので私ごときが応援する必要はないだろう、というか最近はほとんど手に入らないし。

さて、お話をわが福祝に戻そう。いつもの酒屋のご亭主に苦情を伝える気持ちは全くない。彼は気持ちのいい人なのだが、お店で煙草は吸うし、お酒の扱いは私から見ると少し雑だ。以前にそのことをちょっとだけ指摘してみたのだが、“某有名酒店のやりかたをよく知っているが、うちはずっと丁寧”と言われてしまった。それを承知の上でここでお酒を求めているのだから、文句を言ったって仕方がない。確かにこれまで手に入れた福祝は全く問題がなかったのだ。

日本酒は繊細な味と薫りを楽しむお酒で、本来生ものだ。保存熟成された古酒のようなものだってないわけではないけれど、その年に醸された新鮮なお酒を、その時に生きている我々が、お酒との出会いを感謝しながら味わい楽しむものなのだ。新鮮さを愛し、穢れを嫌う日本文化の華のような存在が日本酒なのだ。日本酒を作る人も、運ぶ人も、売る人も、それから日本酒を買って楽しむ我々にも、日本酒に対する知識と理解、それから深い愛情が必要なのだ、と私は思う。あんまり悲しかったので、話が大げさになってしまった。

いろんなところに足を運んでおいしいお酒を探すのもいいけれど、ほどほどのお酒をほどほどに楽しむのが今の私の希望だ。福祝は堕落してしまった最近の私には最良の選択の一つなのだが、今後どうやって日本酒生活を組み立てていくか、深めの迷路に入り込んでしまったようだ。遠くまで酒買いに行く時間なんてないんだよー。


職場ダイエット 13 [雑文]

職場ダイエット 13

現在73㌔。本日は2)×3)○4)△5)○だ。
目標は70㌔とした。

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