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福祝 特別純米 播州山田錦 五十五%磨き 藤平酒造合資会社 [日本酒]

福祝 特別純米 播州山田錦 五十五%磨き 720ml 1458円  藤平酒造合資会社P6290911.jpg

最近日本酒の世界に戻ってきつつある。数年前に帰国していろいろと捜し歩いているうちに出会ったのがこの福祝だ。いわゆる端麗辛口、というカテゴリーのお酒だというが、すっかり味覚が変わってしまった当時の私には、なかなか濃い味わいのように感じられた。酒作りに日本特有のきっちりとしたいい部分が出ているような気がして、大量に買い込んで毎日のように楽しんでいた時期があった。

何度か蔵元まで出向いて、仕込みに使う名水を味わったり、お店などを見学させていただいたりした。醸している量が(石数というのだろうか?:兄弟3人と高校生のアルバイトで酒造りをしているというが本当か?本当ならカッコイイ。)少な目だからだと思うのだが、丁寧に醸されている一方で、年ごとの揺れが大きい。価格とクラス分けされた品質が逆になっているようなことも多いような気がする。好みの問題もあるのだろうけれど。個人的にはそこが面白くって気に入っていた。さて、久しぶりに封を切ってみることにするか。外箱が新しいものになり、英語で銘柄を刻んである。確かに恰好がいいけれども、箱をなしにして蔵元の利潤を増やすとか、その分品質向上に回すとか、そのほうがいいかも、などと考えた。しかしせっかくなので、しばらく外箱をしげしげと眺めてみる。さて、久しぶりの福祝は、私にどんな時間を与えてくれるだろうか。微笑みつつ封を切る。

鮮烈というほどではないが、ほどほどに控えめ、しかしそれなりに華やかな薫り。いわゆる吟醸(様)香というやつだろう。良心的かつ誠実な印象を与える。出だしは好調で、いい感じだ。ガラスの酒器に移してじっくりと眺めてみる。うっすらと緑みがかった黄色で、澄んでおり、トロリとした印象を与える。美味しそう、というか”旨そう”だ。少しだけすすってみると、、、昔と同じさわやかな味と薫りだ。苦味と僅かーな酸味が隠し味になっておっとりとした透明感あふれる甘みが立体的に感じられる。やはり美味しい。今日の奴も大好きだ。味わいに奥行や力強さはしっかりとあるが、濃厚という領域までは踏み込んでいない。全体にさっぱりとした飲み口。端麗旨口のカテゴリーに分類していいのだろうけれど、旨口の部分がやや強調されているというか。

あれから何年も経って、私もずいぶんと変わってしまった。しかし全体として、福祝が与えてくれる印象はそのままで、嬉しかった。蔵元の三兄弟は今も頑張っておられるようだ。今年の福祝もとてもいいお酒だ。多くの方々にお勧めしたい。


また呑む?:Yes 
印象   :千葉県の久留里で少量生産している良心的なお酒。驚くようなことはないかもしれないが、良心的な酒造りを感じさせ、私にとっては日本酒の基本となっている。毎日の晩酌にお勧めしたい。年ごとの微妙な変化を楽しんでほしい。これを嫌う人は少ないのではないか。



福祝 特別純米 播州山田錦 五十五% 磨き 1800 ml 2777円  藤平酒造合資会社

結局これに帰ってきてしまった。味が今一つ安定しないのも、ロットごとに味が微妙に違うのも楽しい。今回のものはいつものものよりすこし薄くスムースな印象で、酸味も少し強めカナ?しばらく福祝だけを、家で一人で少しずつ楽しんでいこうと考えている。小さな蔵なので、手に入らないときは困るなあ、、、。



2017/7

久しぶりにこのお酒を。今日手に入れたものはいつもよりフルーティでかつさっぱりとしている印象。ちょっと薄め?それでも品評会で賞を取ったのだそうな。驚くにはあたらない。だっておいしいんだもの。呑み干した後の舌に残るユニークな苦みはまさに福祝なのだが、これまで数限りなく呑んできたものとはちょっとだけ印象が違う。この揺れの大きさが福祝らしくて好きだ。味わいが複雑というか特徴をつかみずらいというか。

もう一度じっくりと味わってみる。上立ち香りは弱めでお花というよりはなんだか洋菓子のよう。こいつを口に含んでみると、ブドウのような花のような。もわっとした奥行とコク、僅かなピリピリとした苦み。酸味はさほど感じさせない。上記したが呑み干した後のほろ苦さが私にとっての福祝らしさだ。後味さっぱりで呑み飽きしない。どんどん呑んでしまうのが玉に瑕だ。次第に全体の印象が苦めに変わっていくのも面白い。なんのかんの言っても、やっぱり福祝は素晴らしいお酒だと再確認した。


2017/8

ちょっと残念なお話だ。

よせばいいのに久しぶりに一升瓶を買った。賛成してくれる方も多いのではないかと思うが、封を切ってから空になるまでのお酒の味の変化の“物語”を楽しみたいから一升瓶を買うのだ。この大きな瓶を立てて冷やしておく専用の冷蔵庫を持ってはいないが、何のことはない、時間をかけずにとっとと飲んでしまえばいいのだ。最近は温度管理などの技術の進歩で、魂がとろけるようなおいしいお酒が飲めるようになってきてはいる。しかし冷蔵を前提に作られているお酒、例えば生酒などがあるため、お酒屋さんも我々も、品質に応じたお酒の扱いをする必要があるのだ。そうでなければせっかく蔵元が苦労して作ったお酒を台無しにしてしまうことになる。

さて、久しぶりの一升瓶なのだが、いつものお店で気軽に買った。冷蔵庫の中に福祝の一升瓶を探したのだが見当たらない。ご亭主は常温保存で十分であるというので、はいそうですかと喜んでお支払いをしてしまった。確かに火入れはしてあるので大丈夫かもしれないが、生っぽさを残した仕上げのこのお酒、しかもロットによって大きく味わいが異なるようなこの銘柄だ。大丈夫なのだろうか、と疑ってかかるべきだったのだ。本来いい加減で、呑んでしまえば細かいことはどうでもよくなる私だ、ずっしりと重いお酒をぶらぶらさせながら楽しく帰途に就いた。それでさっそく封を切ってみた。本当は一升瓶からラッパ飲みしたいところだが、さすがにそれはしなかった。

一口なめて、“なんだこりゃ”。味も薫りもすかすかなのだ。アルコールはきちんと残っているようで気分は良くなるのだが、これは残念、呑んでいても楽しくない。日本酒を常温で呑むのは嫌いではないのだが、これはひどい。生ぬるいだけだ。それで楽しい筈の一晩をあきらめて、お酒を冷蔵庫に放り込んだ。そして次の日、、、。ポンとふたを開けてトクトクといつものぐい飲みに。しかし福祝特有の“あの”薫りが漂ってこない。味わいはある程度回復しているようではあるが、すかすか感は色濃く残っている。“ひねて”いるわけではないけれど、温度のせいなのか、光のせいなのかわからないけれど、このお酒は運搬~保存する過程で、銘柄に特有の薫りと味わいをなくしてしまったようだ。だからなんだかお葬式のような気分で残りのお酒を呑むことになってしまった。

ものすごく昔の話なのだが、田酒が有名になる前にはりこんで一升買いこんだことがある。お酒がひねていて、あまりに悲しかったため、そのことを蔵元に伝えたところ、新しいものを送ってくださった。流通や販売店のせいかもしれないのにスバラシイ蔵元だと思った。それ以来田酒の大ファンなのだが、今はもう全国区、美酒としてブランドが確立されているので私ごときが応援する必要はないだろう、というか最近はほとんど手に入らないし。

さて、お話をわが福祝に戻そう。いつもの酒屋のご亭主に苦情を伝える気持ちは全くない。彼は気持ちのいい人なのだが、お店で煙草は吸うし、お酒の扱いは私から見ると少し雑だ。以前にそのことをちょっとだけ指摘してみたのだが、“某有名酒店のやりかたをよく知っているが、うちはずっと丁寧”と言われてしまった。それを承知の上でここでお酒を求めているのだから、文句を言ったって仕方がない。確かにこれまで手に入れた福祝は全く問題がなかったのだ。

日本酒は繊細な味と薫りを楽しむお酒で、本来生ものだ。保存熟成された古酒のようなものだってないわけではないけれど、その年に醸された新鮮なお酒を、その時に生きている我々が、お酒との出会いを感謝しながら味わい楽しむものなのだ。新鮮さを愛し、穢れを嫌う日本文化の華のような存在が日本酒なのだ。日本酒を作る人も、運ぶ人も、売る人も、それから日本酒を買って楽しむ我々にも、日本酒に対する知識と理解、それから深い愛情が必要なのだ、と私は思う。あんまり悲しかったので、話が大げさになってしまった。

いろんなところに足を運んでおいしいお酒を探すのもいいけれど、ほどほどのお酒をほどほどに楽しむのが今の私の希望だ。福祝は堕落してしまった最近の私には最良の選択の一つなのだが、今後どうやって日本酒生活を組み立てていくか、深めの迷路に入り込んでしまったようだ。遠くまで酒買いに行く時間なんてないんだよー。


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