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鎌倉 竹扇  せいろ大盛り 870円 [日本蕎麦]

鎌倉 竹扇  せいろ大盛り 870円

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生まれた場所にごく近い鎌倉に未だに親近感を感じており、疲れてしまうとこのあたりを訪れることが多い。鎌倉で蕎麦、というのはあまり考えたことがないのだが、目についたお蕎麦屋さんに足を運んでみた。観光でにぎわう場所からは少し離れた、鎌倉駅西口の、市役所からほど近い、地元の方々の生活を感じさせる街角に竹扇はある。街のお蕎麦屋さん、という認識で、大変失礼ながら多くを期待せずに暖簾をくぐった。

テーブル数個に小上がりがあり、おばちゃんたちが元気よくはたらいており(Webで確認すると家族経営とのことだが、一族にあんなにたくさんおばちゃんがいるのだろうか?なんかすごいな)、地元の方の生活に溶け込んだお蕎麦屋さんそのものだ。しかしBGMに有線と思われるJazzなどが流れており(年季の入ったオーディオを現役で使っておられる)、ちょっとだけ専門店的な雰囲気も漂っている。ともあれ、私のOrderはいつでもどこでもせいろ大盛りだ。店内は幸いにしてあまり混んでいないのだが、かなり時間をかけてお蕎麦が到着。プラの角盆に四角いせいろ、蕎麦つゆは徳利に入った私が好む形で提供された。小皿にはそっけなく、輪切りのお葱と生山葵。鎌倉は自然が豊富ということもあり、双方ともに鮮度が高いようだ。そのままお酒のつまみにしたい感じ。それでお蕎麦はどうだろうか。中細でエッジが立っており、長―いお蕎麦。調理は手際よく丁寧に行われているようで、ちょうどよい茹で加減。機械打ち機械切りであることはほぼ間違いなく、二八かそれ以下のお蕎麦、、、と思ったが、意外なことに鮮烈なお蕎麦の穀物香が。おお、いい薫りだ。意外と期待できるかも。お鼻ピッタリでしばしお蕎麦の高貴な薫りを楽しませていただく。穀物の甘い薫りが長くは続かず、一瞬で終わってしまうのはナゼ?ちょっと寂しいがまあそれはいい。そのお蕎麦を数本手繰ってみると、歯ごたえ良し、歯切れはもうすこしねっちょり感があってもいいが悪くなく、喉越しも大変結構。十分満足だ。蕎麦つゆは、、、と。海沿いのお蕎麦屋さんは、カツヲがおそらく廉価に入手できるためなのだろう、出汁が強めでちょっとシャバシャバ、濃厚感とまとまり感に欠ける、といった漠然とした印象があるのだが、ここの蕎麦つゆはどうだろうか。セオリー通り出汁は強め、お醤油の発酵感と濃厚感はやはりやや薄め、甘みは少な目、まとまりは弱め、といった感じで、やはり“海岸沿いお蕎麦屋さん系”に属するようではあるが、それはそれでなかなかおいしい。ちょっとだけそのまま呑み干して、蕎麦つゆの味をじっくりと楽しんだ。お蕎麦を半分少しくらい蕎麦つゆにくぐらせることにして、あとはもう夢中で、短いが濃厚な蕎麦時間に突入した。無念無想というやつだ。あっという間に良心的な量の大盛りを平らげ、それから、別仕立てで濃厚にしつらえた、薄いポタージュ状の蕎麦つゆを全て楽しみつくしてお店を後にした。

期待を裏切る、なかなかおいしいお蕎麦だった。街の気軽なお蕎麦屋さんで行くのか、専門店で行くのか、それとも最近西口にも増えつつあるという観光客(何を見るのだろう?)を目当てにしているのか、今一つはっきりしないが、おなかがすいたらまた足を運んでもいいかな、と感じさせたお蕎麦屋さんだった。ごちそうさまでした。

その後ちょっとだけWebで調べてみると、二階には座敷があるそうな。なるほど、やはり基本は街のお蕎麦屋さんだったのね。納得納得。街のお蕎麦屋さんだけどなかなか実力もあるよ、という方向性を明確に打ち出していけばいいのかな、などと勝手に考えて自己満足。



2017/7  再訪  せいろ大盛り 870円
散策の最後に竹扇で足を休めることに。炎天下を何時間も歩きづめに歩いたため喉がカラカラだ。花板?のオバサマはよく客をみており、私がコップを空けると何度でもお水を入れてくださる。ありがたい。喉が渇き、疲れ切り、体もほてっているためビールなど嗜みたいが、ここはじっと我慢だ。

供されたいつも通りのお蕎麦は、ことのほかおいしく感じられてあっという間に手繰りきってしまった。塩分を体が要求しているためか、いつもはやらない蕎麦ツユ一気飲み。血圧はどうなった?さらに蕎麦湯を全て楽しみつくし、ようやく人心地ついて岐路についた私であった。空腹は最高の調味料、という、言い尽くされた言葉の意味を体で理解した夕べであった。とてもおいしかった。ご馳走様でした。


2017/7  再訪 せいろおおもり 870エン

珍しく混雑した食事時に伺った。私の注文はいつも通りせいろおおもりだ。ずいぶん待ってからお蕎麦が到着。混んでいるので待ち時間に文句を言うつもりはない。しかしお蕎麦をしげしげと観察すると表面が乾いており、手繰ってみると、、、お蕎麦が饐えている。これは許せない。切れそうな気持が落ち着いてからじっくりどうするか考えた。何度も手繰ってみて、お蕎麦が饐えていることを何度か再確認した。それで、私は結局すべてのお蕎麦をいつも通り手繰らせていただくことに決めた。腹が下るのなら下ればいいさ。蕎麦湯も全て飲み干した。満たされない気持ちで家路についた私なのであった。忙しいのはわかるが、調理して何らかの理由で時間が経ってしまったお蕎麦を客に供して許されるものだろうか?I will give you one more chance, ok?電車で大酒を呑んでふらふらになって帰宅した。家人はあきれていた。


2017/8  再訪 せいろおおもり 870エン

ということで再訪だ。今回は幸いにして“特別ではないがおいしいお蕎麦”を食べることができた。一安心だ。前回のことは忘れてしまおうと思う。お蕎麦は分刻み秒刻みに味も薫りも変わっていく生鮮食品なのだ。お蕎麦屋さんでその事を理解していない方はおられない筈だ。生鮮食品はやはりそれなりに扱う必要があるのではないか。言いたいことは山ほどあるが、また伺おうと考えているのでよろしくお願いいたします。



2018/2 再訪 せいろ 大盛り 870エン (730+140)
       天青  一合  600エン

久しぶりの竹扇だ。店内は結構混んでいて、体の大きい私はあまり好まないカウンターに。目前の壁は出窓の内側のような構造になっており、圧迫感がないのは救いだ。高齢のお金持ちそうな男性二人に挟まれてお蕎麦を待つ。珍しく週刊誌などをパラリ。割と清潔な店内なので落ち着くなあ。それで、このお店では初めてなのだが、蕎麦前を楽しんでみることにした。鎌倉で呑むならやはり神奈川県内で醸されている天青だろう。かなり冷えたものが白い徳利で供された。温度が低いためか、上立ち香が抑制されてしまっているのが残念だ。しかし悪くはない。おそらく特別本醸造であり、フルーティな印象は弱い。一緒に供された漬物をポリポリと楽しみながらお蕎麦を待つ。時間は気にならない。

意外とはやく出来上がったお蕎麦はいつもと違う?お蕎麦は太め、エッジは鋭めで、星が男性的にたくさん散っている。しかしお蕎麦の薫りが強く立っているわけではなく、むしろつなぎを強く感じさせるあたりが面白い。竹扇のお蕎麦ってこうだったっけ?数本手繰ってみると、ちょっとゴリゴリ、ムチムチした噛みごたえなのだが、なぜか喉越しは良好。蕎麦つゆはいつものカツオ弱め、小魚を感じさせる出汁が効いたやや弱めのもの。しかし今回は全体のまとまりがよく、強めの蕎麦つゆのように感じられた。それでもお蕎麦が勝ってしまいそうなので半分くらいくぐらせることにした。薬味の薄い輪切りの蕎麦、生山葵もなかなか結構で、お酒と合うのがうれしかった。

というあたりで待ちに待った蕎麦時間に没入し、例によってあっという間に終了。お蕎麦のもりがいつもより良かったような気がして嬉しかった。蕎麦湯は記憶の中のものと比較するとよりクリーミーで大変結構だった。

神田のものとは方向性が全く違い、洗練度もさほど高いとは言えない。しかし趣味蕎麦と山蕎麦?の間の、いい感じのお蕎麦で、充実した時間を過ごさせていただいた。都心とは違ったなんだか少し垢抜けない店内の感じもなんだか心地よく、全体にとっても満足。ありがとうございました。



2018/3-1 再訪 せいろ 大盛り 870エン (730+140)
       天青  一合  600エン

お気に入りの街、鎌倉を散策した後のお蕎麦は格別だ。蕎麦茶だけでは足りず、お水をお願いして脱水を補正する。そのあとはキューちゃんを肴にして天青、まったりと待っているとせいろの到着だ。前回と同じような、しっかりとしたお蕎麦が供された。蕎麦ツユはいつも通り。輪切りの葱と生山葵もしっかりと肴として役立ってもらった。すべてをおなかに収め、蕎麦湯をたっぷり三杯楽しんで街歩きに戻った。満足。今日もごちそうさまでした。



2018/3-2 再訪 せいろ おおもり  730+140 エン
天青  吞み比べ 800エン

幸運にもまた竹扇に足を運ぶことができた。ピークを外しさえすれば、さほど混雑していない落ち着いた蕎麦時間を期待できる。しかし油断していると“売り切れました”などと言ってお店を閉めてしまうこともあるので、そのあたりは運次第だ。テーブルに腰を落ち着けてから天声を所望したところ、三種類の吞み比べを勧められた。否やはない。それをお願いしてのんびりと昼下がりの時間を楽しんだ。その後最近は味が安定しているおおもりのせいろをじっくりと楽しんで、全ての蕎麦湯を飲み干して体の渇きを癒し、十分に満足してお店を後にした。生山葵に酸味が残っていたのはナゼ?それでもまた伺わせていただくつもりだ。



2018/4 再訪 せいろ おおもり 870(730+140)エン

いつもの竹扇でいつものせいろ おおもりだ。今日はすこしお水、もしくは氷水でお蕎麦を〆すぎたようで、お蕎麦がちょっとぽきぽきしていたようだ。茹で加減の問題かもしれないが。しかしそれでもおのお店のゆるい感じのお蕎麦が大好きだ。いつものように、供された全てのものをじっくりと楽しませていただいた。このお店で県内で醸されている天青をゆっくりと呑んで、それからゆるゆると供されるお蕎麦をじっくりと楽しむことができれば、とりあえずは幸せだ。難しいことは言いっこなし、というやつだ。



2018/4 再訪 せいろ おおもり 870(730+140)エン

いつもの竹扇でいつものせいろ、おおもりだ。今日は出窓のあるカウンターでひとり蕎麦としゃれ込んだ。カウンターで文庫本を開くと、なんとお隣さんが日本酒をオーダー。おつまみの盛り合わせとてんぷらをたっぷり。あまーい日本酒の薫りがプーンと漂ってくる。天国のような時間を過ごしておられる。お酒をお休みしている私には、地獄のような時間だった。ああ、天青のみてえ、、、。本に集中するふりをしてみるが、そんなことは無理に決まっている。少なくとも今の私には不可能だ。仕方がないのでそば茶に加えて水を、飲むべし、呑むべし、のむべし、、、。なんとか耐えきって、ようやく冷たいお蕎麦が供された。いつものつやつやの蕎麦。ブレはあるが悪くない蕎麦ツユ。輪切りのお葱にやはりこちらもいつも通りの山葵だ。無念無想でお蕎麦の世界に飛びこみ、お蕎麦時間に身を浸す。本ではダメだったがお蕎麦なら何とかなって、お隣の日本酒の薫りにも負けずにお蕎麦を楽しむことができた。そして蕎麦湯を待つ、、、松、、、待つ、、、。待ちきれず花番さんに一声かける。“蕎麦湯おえがいしあーす!”。私が日本酒に飢えて機嫌が悪かったからなのか、花番さんは恐縮して何度も謝ってくださる。申し訳ないことをした。それでもいつものように蕎麦湯をたっぷり三杯楽しんで、本日の鎌倉時間にピリオドを打ったのであった。うう、お酒飲みたい。日本酒呑みたい。

しかし時々感じるお蕎麦の酸味。あれの正体は何なのだろうか?


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