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2017/8 渋谷 鳥竹本店 [雑文]

2017/8 渋谷 鳥竹本店

旧友と再会した。旧友と酒を酌み交わす。世にこれほど楽しいことはない。
彼は昔通い詰めた店に付き合ってほしいという。否やはない。焼き鳥の名店ということで、けむけむになっても大丈夫な服を着て足を運んだ。ものすごく久しぶりの渋谷、街並みはすっかり変わってしまって、毎日足を運んでいた頃の面影を追うのは簡単ではなかった。さて。

東横暖簾街を地下に収めた新しいビルの向かいに、昼間から煙を吐き出している古いビルがあった。ものすごく場違いだ。そこだけ歴史から取り残されているようだ。お店の前ではプロの?ナンパ士のような人が、道行くオネイチャンに片っ端から声をかけていた。道行くオネイチャンは、確かにかわいい子が多いような気がする。渋谷久しぶりだな、、、。ともかく、ここが鳥竹のあるビルである。暖簾をくぐると煙草を吸わない我々は、倉庫のようなビルの地下に通された。そこでは靴を脱いでお店の人に預けろという。私はこれが苦手だ。このような店はほとんどの場合掃除が行き届いておらず、汚れた靴下をはいた足をお気に入りの靴に突っ込んで帰ることになるからだ。まあ私は清潔病にかかっているので多くは語るまい。友との時間が大切だ。しかしこのお店も例外ではない。心をあきらめモードに切り替えて、友人との会話に焦点を合わせることにした。まあ、とっとと呑んじまえばいいか。

通された部屋は大部屋で、小さな脂ぎった机がちまちまと並んでいる。部屋の床は汚くはないけれど擦り切れた畳であり、そこにコクのある小さな座布団が巻き散らかすように並べられている。お客さんはみな楽しそうに焼き鳥を口にして盛り上がっている。20人くらいの家族連れの集団とか、アベックとか。老いも若きもみな楽しそうに焼き鳥とビール。ワンワンと湧きかえるような熱気。走り回っている子供なんかもいるが、雰囲気は悪くない。その合間を痩せこけた青年が疲れた表情でバタバタと働いていた。大繁盛だ。なるほど名店なのだろう。しかしどうにも足の裏が落ち着かないのはどうしようもない。早く飲んじゃわなくっちゃあ。ビールビール。ここで日本酒を呑もうとはさすがの私も思わなかった。ホッピーならベターかも。しかしここは基本のビールで攻めることにした。大部屋の一角に案内された巨人であるところの私は、友人と向かい合うスペースを確保できず、女性の様に横座りをする羽目になった。すごい店だ。まあそれはいい、呑んでしまえばどこでも快適だ。ということで当然大ナマをお願いした。詳細は知らないが、このお店の大ナマはコクがあって温度管理も適切でなかなかおいしい。あとは大ジョッキの洗い方を、、、もうこれは言うまい。汚れた壁に体を預け、ぐいぐいとビールを飲み干した。友人のチョイスで次々とお願いした焼き鳥は、塩が比較的緩めで量があってなかなかおいしかった。彼は大学生のころにここに足繁く通ったというが、当時はこのお店の焼き鳥は彼にとって大変な贅沢品だったとのこと。なるほど、そのころの仇を討っているのね。どんどん食べようではないですか。いつもはなんでもかんでも塩で食べる我々なのだが、ここでは彼がたれで食べろという。ものすごく抵抗があったがやってみると悪くない。どんどん食べ進んだ。結局私が一番気に入ったのはなんと鳥皮で、油で揚げたようにはじけた皮が大変結構でした。このような楽しい時間を過ごし、ビールを大量に消費していると、呑んではおしっこをし、呑んでは出しという循環に陥って、酔いも一定のレベルに維持されるのは誰でも経験することだろう。だからビールをトイレに流せば同じだというジョークもあるが、もちろんそんなことはしなかった。

夕方になってお店が混みだすと、田舎から出てきたばかりというような、素朴な感じの女の子たちがやってきて、近くのテーブルで食事を始めた。それが終わるとお皿を自分たちで片づけて、お店の中に散って行った。バイトの子たちが賄の食事を客席でしていたということだろう。この子たちは元気で素朴でなかなかいい味を出しており、慣れない感じで一生懸命働いているのがとてもよかった。そういう目で周りを見回してみると、客の中に若いオネイチャンがたくさんいる。結構おしゃれをして、薄汚れた畳の上に嬉しそうに座り込んでいる。隣に汚いオヤジ(私もそうだが)がぐびぐびやっていても気にならないらしい。そのほとんどは彼氏と来ているわけだが、なんとオネイチャン数人で呑んでいるグループもある。驚きだ。この店は実力あるんだな、と思った。こぎれいな居酒屋なんていくらでもあるのに、あえてこのお店を選ぶなんて。

大変失礼だがあまりきれいではない大部屋に詰め込まれ、脂ぎった机と壁に身を預け、大量に飲み食いしていると、なんだかものすごく強力な“ゆだね感”がにじみ出てくる。まあ汚いけれどどうでもいいか、服が汚れても洗えばいいよね、お皿が汚れていたって死んだりしないよね、等々。それでだんだん体も心も落ち着いてリラックスするわけだ。トイレも狭いし汚いし、隣でおしっこしている女の子の息づかいまで聞こえてくるし(あんなに真剣におしっこしなくっても、、、)、普通に考えれば居心地がいいわけがない場所なのだが、なぜか大変快適な時間を過ごさせてもらった。これは昭和だ、昭和。昭和の時代の楽しみ方なのだと思った。というか思い出した。思えばたくさんの安酒を呑み、体に悪いおつまみを食べてきたものだ。今はもうそんなことはなく、お酒を呑むときは万難を排して清潔なお店を選び、あまり食べないようにしているのだが、当時はそんなことを考えるお金も余裕も時間もなかった。そういえばかつては服を汚して異臭を発しながら居酒屋から帰宅する私を家人がずいぶん嫌がったものだった。今は私も情けないことに家内の側に身を置くことが多いが、久しぶりに懐かしい感じの昭和のような肌触りの時間を過ごすことができた。持って帰ったお土産の鳥竹丼は、上品で清潔な紙で丁寧に包んであり、大変結構でした。家人も喜んでくれた。

鳥竹は確かに名店だと思った。気力と体力と友人がいるときにまたお邪魔しようか。

タグ:渋谷 鳥竹
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福祝 特別純米 播州山田錦 五十五%磨き 藤平酒造合資会社 [日本酒]

福祝 特別純米 播州山田錦 五十五%磨き 720ml 1458円  藤平酒造合資会社P6290911.jpg

最近日本酒の世界に戻ってきつつある。数年前に帰国していろいろと捜し歩いているうちに出会ったのがこの福祝だ。いわゆる端麗辛口、というカテゴリーのお酒だというが、すっかり味覚が変わってしまった当時の私には、なかなか濃い味わいのように感じられた。酒作りに日本特有のきっちりとしたいい部分が出ているような気がして、大量に買い込んで毎日のように楽しんでいた時期があった。

何度か蔵元まで出向いて、仕込みに使う名水を味わったり、お店などを見学させていただいたりした。醸している量が(石数というのだろうか?:兄弟3人と高校生のアルバイトで酒造りをしているというが本当か?本当ならカッコイイ。)少な目だからだと思うのだが、丁寧に醸されている一方で、年ごとの揺れが大きい。価格とクラス分けされた品質が逆になっているようなことも多いような気がする。好みの問題もあるのだろうけれど。個人的にはそこが面白くって気に入っていた。さて、久しぶりに封を切ってみることにするか。外箱が新しいものになり、英語で銘柄を刻んである。確かに恰好がいいけれども、箱をなしにして蔵元の利潤を増やすとか、その分品質向上に回すとか、そのほうがいいかも、などと考えた。しかしせっかくなので、しばらく外箱をしげしげと眺めてみる。さて、久しぶりの福祝は、私にどんな時間を与えてくれるだろうか。微笑みつつ封を切る。

鮮烈というほどではないが、ほどほどに控えめ、しかしそれなりに華やかな薫り。いわゆる吟醸(様)香というやつだろう。良心的かつ誠実な印象を与える。出だしは好調で、いい感じだ。ガラスの酒器に移してじっくりと眺めてみる。うっすらと緑みがかった黄色で、澄んでおり、トロリとした印象を与える。美味しそう、というか”旨そう”だ。少しだけすすってみると、、、昔と同じさわやかな味と薫りだ。苦味と僅かーな酸味が隠し味になっておっとりとした透明感あふれる甘みが立体的に感じられる。やはり美味しい。今日の奴も大好きだ。味わいに奥行や力強さはしっかりとあるが、濃厚という領域までは踏み込んでいない。全体にさっぱりとした飲み口。端麗旨口のカテゴリーに分類していいのだろうけれど、旨口の部分がやや強調されているというか。

あれから何年も経って、私もずいぶんと変わってしまった。しかし全体として、福祝が与えてくれる印象はそのままで、嬉しかった。蔵元の三兄弟は今も頑張っておられるようだ。今年の福祝もとてもいいお酒だ。多くの方々にお勧めしたい。


また呑む?:Yes 
印象   :千葉県の久留里で少量生産している良心的なお酒。驚くようなことはないかもしれないが、良心的な酒造りを感じさせ、私にとっては日本酒の基本となっている。毎日の晩酌にお勧めしたい。年ごとの微妙な変化を楽しんでほしい。これを嫌う人は少ないのではないか。



福祝 特別純米 播州山田錦 五十五% 磨き 1800 ml 2777円  藤平酒造合資会社

結局これに帰ってきてしまった。味が今一つ安定しないのも、ロットごとに味が微妙に違うのも楽しい。今回のものはいつものものよりすこし薄くスムースな印象で、酸味も少し強めカナ?しばらく福祝だけを、家で一人で少しずつ楽しんでいこうと考えている。小さな蔵なので、手に入らないときは困るなあ、、、。



2017/7

久しぶりにこのお酒を。今日手に入れたものはいつもよりフルーティでかつさっぱりとしている印象。ちょっと薄め?それでも品評会で賞を取ったのだそうな。驚くにはあたらない。だっておいしいんだもの。呑み干した後の舌に残るユニークな苦みはまさに福祝なのだが、これまで数限りなく呑んできたものとはちょっとだけ印象が違う。この揺れの大きさが福祝らしくて好きだ。味わいが複雑というか特徴をつかみずらいというか。

もう一度じっくりと味わってみる。上立ち香りは弱めでお花というよりはなんだか洋菓子のよう。こいつを口に含んでみると、ブドウのような花のような。もわっとした奥行とコク、僅かなピリピリとした苦み。酸味はさほど感じさせない。上記したが呑み干した後のほろ苦さが私にとっての福祝らしさだ。後味さっぱりで呑み飽きしない。どんどん呑んでしまうのが玉に瑕だ。次第に全体の印象が苦めに変わっていくのも面白い。なんのかんの言っても、やっぱり福祝は素晴らしいお酒だと再確認した。


2017/8

ちょっと残念なお話だ。

よせばいいのに久しぶりに一升瓶を買った。賛成してくれる方も多いのではないかと思うが、封を切ってから空になるまでのお酒の味の変化の“物語”を楽しみたいから一升瓶を買うのだ。この大きな瓶を立てて冷やしておく専用の冷蔵庫を持ってはいないが、何のことはない、時間をかけずにとっとと飲んでしまえばいいのだ。最近は温度管理などの技術の進歩で、魂がとろけるようなおいしいお酒が飲めるようになってきてはいる。しかし冷蔵を前提に作られているお酒、例えば生酒などがあるため、お酒屋さんも我々も、品質に応じたお酒の扱いをする必要があるのだ。そうでなければせっかく蔵元が苦労して作ったお酒を台無しにしてしまうことになる。

さて、久しぶりの一升瓶なのだが、いつものお店で気軽に買った。冷蔵庫の中に福祝の一升瓶を探したのだが見当たらない。ご亭主は常温保存で十分であるというので、はいそうですかと喜んでお支払いをしてしまった。確かに火入れはしてあるので大丈夫かもしれないが、生っぽさを残した仕上げのこのお酒、しかもロットによって大きく味わいが異なるようなこの銘柄だ。大丈夫なのだろうか、と疑ってかかるべきだったのだ。本来いい加減で、呑んでしまえば細かいことはどうでもよくなる私だ、ずっしりと重いお酒をぶらぶらさせながら楽しく帰途に就いた。それでさっそく封を切ってみた。本当は一升瓶からラッパ飲みしたいところだが、さすがにそれはしなかった。

一口なめて、“なんだこりゃ”。味も薫りもすかすかなのだ。アルコールはきちんと残っているようで気分は良くなるのだが、これは残念、呑んでいても楽しくない。日本酒を常温で呑むのは嫌いではないのだが、これはひどい。生ぬるいだけだ。それで楽しい筈の一晩をあきらめて、お酒を冷蔵庫に放り込んだ。そして次の日、、、。ポンとふたを開けてトクトクといつものぐい飲みに。しかし福祝特有の“あの”薫りが漂ってこない。味わいはある程度回復しているようではあるが、すかすか感は色濃く残っている。“ひねて”いるわけではないけれど、温度のせいなのか、光のせいなのかわからないけれど、このお酒は運搬~保存する過程で、銘柄に特有の薫りと味わいをなくしてしまったようだ。だからなんだかお葬式のような気分で残りのお酒を呑むことになってしまった。

ものすごく昔の話なのだが、田酒が有名になる前にはりこんで一升買いこんだことがある。お酒がひねていて、あまりに悲しかったため、そのことを蔵元に伝えたところ、新しいものを送ってくださった。流通や販売店のせいかもしれないのにスバラシイ蔵元だと思った。それ以来田酒の大ファンなのだが、今はもう全国区、美酒としてブランドが確立されているので私ごときが応援する必要はないだろう、というか最近はほとんど手に入らないし。

さて、お話をわが福祝に戻そう。いつもの酒屋のご亭主に苦情を伝える気持ちは全くない。彼は気持ちのいい人なのだが、お店で煙草は吸うし、お酒の扱いは私から見ると少し雑だ。以前にそのことをちょっとだけ指摘してみたのだが、“某有名酒店のやりかたをよく知っているが、うちはずっと丁寧”と言われてしまった。それを承知の上でここでお酒を求めているのだから、文句を言ったって仕方がない。確かにこれまで手に入れた福祝は全く問題がなかったのだ。

日本酒は繊細な味と薫りを楽しむお酒で、本来生ものだ。保存熟成された古酒のようなものだってないわけではないけれど、その年に醸された新鮮なお酒を、その時に生きている我々が、お酒との出会いを感謝しながら味わい楽しむものなのだ。新鮮さを愛し、穢れを嫌う日本文化の華のような存在が日本酒なのだ。日本酒を作る人も、運ぶ人も、売る人も、それから日本酒を買って楽しむ我々にも、日本酒に対する知識と理解、それから深い愛情が必要なのだ、と私は思う。あんまり悲しかったので、話が大げさになってしまった。

いろんなところに足を運んでおいしいお酒を探すのもいいけれど、ほどほどのお酒をほどほどに楽しむのが今の私の希望だ。福祝は堕落してしまった最近の私には最良の選択の一つなのだが、今後どうやって日本酒生活を組み立てていくか、深めの迷路に入り込んでしまったようだ。遠くまで酒買いに行く時間なんてないんだよー。


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