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日本の車からおりるかも -1-  ディーラーの力 Nissan Skyline [クルマ]

日本の車からおりるかも -1-  ディーラーの力 Nissan Skyline

同意していただく必要は全くないのだが、愛用しているHondaのFD2はとても良い車だ。300万円前後の価格の多くが、走る、曲がる、止まる、のクルマの基本に注がれているような気がする。FFであることが心理的に何となく嫌な気もするが、ハンドルを握ってしまえばすぐにどうでもよくなる。内装などはかなりチープだが、豪華なクルマがほしい人は別の選択肢を探せばいいだけの話だ。シフト、ハンドル、ペダルなどには、きちんとコストをかけてあることだし。自分の目的をはっきりさせるとクルマの選択は楽になる。クルマをおりる、というのも選択の一つだ。さて。

”金は払う、とにかくできるだけのことをしてくれい”といって、頭を下げて、腰を低くしてHondaディーラーで車の面倒を見てもらっている。担当の営業さんは非常によくやってくれるのだが、残念ながらなかなか満足のいく整備をしてもらえない。それが問題だ。

車自体には本当に文句がない。乗っていてこれまでで一番楽しい車であることは疑いようがない。いい年をして恥ずかしいのだが、羽の生えたこのクルマをえらく大切にしている。他人の目にどう映るか、、、完全に無視だ。クルマに乗るたびに、私のクルマの選択自体は確かなものだった、と再確認している。しかしトータルカーライフ?というのであろうか、買ってから後のことを考えなかったのは失敗だった。

私はHondaの車がけっこう好きなのだ、ということを最近自覚した。最初に深く付き合った車がCivicだったこともおそらく関係しているのだろう。”初体験”はやっぱり後々まで人生に影響を与えるのだ。Hondaのクルマは、華奢でやや耐久性に乏しく、整備性もあまりよくないが、デザインは良いし、車重も軽いので燃費もいい。勘違いかもしれないがちょっと知的な感じもする。また、なんといっても国産最高のエンジンを積んでいることは間違いがない。ひょっとすると世界最高と言ってもいいかもしれない。限られたリソースでエンジンを作る技術は間違いなく世界一だと思う。意外だが、最近のHondaは信頼性もなかなかだ。信頼性については、個人的にはToyotaの圧勝なのではないかと感じているのだが、かつて長く住んだ某国においては”HondaのほうがToyotaより信頼性が上だ”という人たちが多かったことを印象的に覚えている。とにかく、好みの問題はあるが、いい車を作る会社なのだ、Hondaは。一部の(と信じている)アフターがダメなだけだ。私のHonda愛が深いからこその意見として以下の文章を読んでいただけると幸いだ。

Hondaの車は道具として割り切った場合はToyotaの車に勝てないような気がするし、ディーラーの総合力は明らかにToyotaが上だと思う。Toyotaの社員の方々とお話をしてみると、きちんとお金のかかった教育をうけているように感じられる。失礼な言い方かもしれないが。Toyotaの場合は設備が古くなったディーラーであっても、作業場の工具などはきれいに整理整頓されており、掃除もきちんと行き届いていて気持ちがいい。最近自分の足で訪れたディーラーに関しては、例外がない。しかるにわが愛するHondaのディーラーの対応は、個別にはずいぶん違うのだろうけれど、なんというか町の整備工場レベルであるような気がする。複数のHondaディーラーに整備をお願いしたが、大都市の大きく清潔なディーラーにおいてさえ、どこかそういった雰囲気が漂っている。会社の文化の問題なのかもしれない。だからいい悪いではなく、好き嫌いの問題なのだと思う。Hondaの研究所に勤めている数人の知人たちは、"Hondaは意外と体育会系の会社で仕事が厳しい"と話していたのが印象に残っており、基本的な部分では信頼している。話を戻すが、作業場の掃除、メカニックの服装、工具の整備整頓、Toyotaと比較すると、多くの場合かなわない。それが必ずしも悪いということではないのだが、最近は、私も爺になって、いろいろと細かいことに神経を使うのが面倒になってしまい、時間もないことだし、お恥ずかしい話だが車のメンテをお金だけ払って全てディーラーに丸投げしてしまいたいのだ。それなのに、Hondaのディーラーに安心して整備を任せられないというのは、大変残念だ。しかしHonda愛の強い私は、あきらめずにオイルの交換などを4県に渡る複数のディーラーを試してみた。我ながら異常な情熱だ。地元で数社、他県で数社。その過程で、某所のHondaディーラーで、ドアハンドル周囲のコーティングに無数の黒い爪の跡をつけ、内装に油じみた靴の跡を数か所、内装に何か固いものでたたいた傷、等をつけられてしまった。しかしそのディーラーは責任をとらないという。営業さんは自分には力がないから責任をとれないという。それで本社にクレームを入れたところ、”整備は地域の販社との契約なので、注意はするが責任は取らない”、と素晴らしいお返事をいただいた。私のHonda愛は冷めそうになった。ここまでか?それで結局最後の望みをCivicを購入した、あまり設備の整っていないディーラーに託し、整備をお願いした。幸運にも大変すばらしい対応をしていただいて、結局”設備ではなく人なのだ”という結論に至り、その後しばらくは幸せな時間を送ることができた。廃車にするまでこのディーラーにお願いするつもりで、クルマを好きなだけ乗り回す幸運に恵まれた。だがしかし、今回の整備ではえらい目に合ってしまったのだ。

あれだけ”時間がかかってもいいから丁寧に”とお願いしたのに、整備の後に確認すると、せっかくやり直したコーティングに爪のひっかき傷が何本もついていたり(しかもご丁寧に前回某所ディーラーでやられたのと全く同じ位置)、車を動かすときに何回も内装に蹴りを入れて汚してみたり(これも全く同じ場所)。忙しいのはわかっている。わざとではないのはわかっている。しかし仕事は仕事だ。きっちりとやってもらいたい。私だってディーラーに行くのにどんなに苦労して時間を作っていると思っているのだ、と言ってやりたい。さらに、整備中に後部座席に座って休んだ?らしく、わざわざドアを開け、やはりドアハンドル周囲を爪の傷だらけにして、さらにドアの端っこを軽くぶつけて返してきた。これにはさすがに頭にきた。コーティングより深いレベルの傷が入っているようで、結局私の持っている道具では直すことはできなかった。これはクレームをつけるしかないかも。気のいい若いお兄ちゃんが頑張ってやってくれているのはわかっているのだが、車を預けて整備を頼んだのに、傷が増えて帰ってくるというのはどういうことなのだろうか?こちらはお金を払っているのでやっぱり頭にくる。いい整備をしてほしいので、整備の代金を値切ったことは当然一度もしていない。頭にくる。津軽弁で言うところの”肝(きも)煮える”というやつだ。メカをいじる人たちに、仕上げ(ディテイリングとでもいうのだろうか)がきちんとできないのは仕方がないのかもしれないが、雑な作業で傷をつけることはないじゃあないか。結局自分で対応し、爪痕はかなり薄くすることができ、内装もほぼ元通りとなったのだが、ドアに入った傷は、残ってしまった。これ以上は私には無理だ。ディーラーに直してもらうしかなさそうだ。この件は進行中なので、冷静さを取り戻しつつ次のお話に進もう。

ということで、試乗をさせていただきつつ、ディーラーの力を”真剣に”評価してみることにした。まずは今まで購入したことがないNissanだ。私の生まれ故郷である神奈川県にゆかりの会社なのだが、いままでNissanのクルマを買ったことはない。それで早速Nissanの名車、Skylineに試乗してきた。メルセデスのエンジン(2000㏄直列四気筒ターボ)を積んでいる、ということを耳にして興味をおぼえたのだ。上手くいけば、ドイツ車のエンジンを日本車のサービスで楽しむことができるかもしれない。だとしたら、乗り換えも考えなければいけないだろう。残念ながらマニュアルで乗ることはできないようだが、”あきらめる”ことを考えてもいい。

営業の方にお話を伺った。私が訪れたディーラーは、大型車を得意とするお店で、最近新しく建てかえたばかりで気合が入っているそうな。GTRを販売整備できる、高度な整備体制を備えたお店なのだが、重整備は地域のセンターのようなところでまとめて対応する、とのことであった。大型車を中心に、ダウンサイジングを希望するお客さんにも対応する、というのがこのディーラーの基本的な営業姿勢とのことであった。営業さんは礼儀正しく、フレンドリーで、私の希望を正確に理解してNissanのクルマを見せてくださった。駐車場に置いた私のクルマに気を使っていただいたことはポイントが高かった。

早速車に乗せていただいた。ボンネットは高く、天井は低く、比較的大柄な車なのにグリンハウスは小さい。乗った感じは鈍重だが安心、という印象。比べる対象が悪い(私のFD2)のかもしれないが、とにかく車体が大きすぎるように感じた。乗り心地は問題ない。あまり鷹揚ではないが、懐が深い足回り。全体に手慣れたつくりだが国産にしてはやや大味、といったような。エンジンは確かにベンツだ。だから回して楽しい、というものではなかった。しかし短時間の試乗であっても耐久性の高さを感じさせ(錯覚かも)、このエンジンは20万キロくらいは軽く持つだろうなと思った。試乗後にお願いしてボンネットを開けさせていただいたのだが、広大な空間に小さめのエンジン、確かにメルセデスのもので、おおらかな造りをしている。それをインフィニティのマークを付けたカバーで覆ってあるのだが、なんというか、全体につめが甘い作り(えらそうに本当にすみません)。結局、天井が低いということがネックとなって(私は巨人なのだ)乗り換えを考えるには至らなかったが、Nissanの車が好きな方には、やはり独特の味があってとてもいい車なのではないか、と思った。私も好きになった。家族が20数年前に乗っていたSkylineとどこか共通する匂いを感じたのだが、それが”Nissan伝統の味”というものなのだろう。それはそれで素晴らしい。

上記のように、営業の方は非常に感じが良く、こちらの言いたいこともすぐに伝わってとっても好印象。ディーラーの力は、かなりのものらしい、という全体的な印象を受けた。”老舗”の実力のようなものを感じた。信用してもいい感じだった。

-to be continued-
タグ:HONDA CIVIC FD2

日本のクルマをおりるかも -2- ディーラーの力 Suzuki Swift Sports [クルマ]

日本のクルマをおりるかも -2- ディーラーの力 Suzuki Swift Sports

次に訪れたのがこれまた乗ったことすらないSuzukiだ。系列がどうとか、予備知識等全くなしに行ってみた。正直言って、ファーストカーとして乗っていけるのか、という疑問はあったのだが(偉そうに申し訳ない)、クルマは乗ってみなければわからない。偏見は人類の敵だ。大きくって清潔そうにみえるディーラーに数件行ってみたのだが、お目当てのSwift Sportsは、あまりたくさん売れないので試乗車がないのだという。それでもめげずにさらに数件ディーラーを探して走り回ってみると、田んぼの中でやっている小さな小さな販売店?とか、なんか悲しくなるようなちょっとみすぼらしい感じのお店が続き、すっかり気落ちしてしまった。これはもう無理かも。あきらめ感に心が満たされる。しかしそうこうしているうちに、Swiftのコンプリートカーを売っている大手チューニングショップを通りがかった。頭の中にその場所が、知らないうちにインプットされていたらしい。勝手にハンドルがそこに向かっていたのだ。ほんとほんと。そのお店の店頭に、なんとSwift Suportsの、しかもコンプリートカーの試乗車が!これに乗らない手はないだろう。

駐車するために中に入ってみると、あるはあるは、、、ものすごい色に塗られた走り屋たちのための車が何台も。廉価で高性能な車ばかりだ。メカニックの人たちはもう車ガイキチのような人たちで(これは褒め言葉ですモチロン)、私のややいかれた車を見てニコニコして近づいてくる。狭い駐車場だが親切で適切な誘導だ。好感度大。私の車にも、恥ずかしいが大きな羽が生えているので、ここの駐車場に止めても全く違和感がない。お仲間というわけだ。Suzuki、Mitsubishi、さらにはToyotaなどの、いじりまわした車が沢山停めてある。すべてcomplete carとして新車販売しているものだ。これは素晴らしい。メカニックの人たちは金髪のお兄ちゃんとかオタクっぽい太めのオジサンとか。みんな真っ赤なつなぎを身にまとっており、楽しそうに仕事をしている。雰囲気はどこか殺伐としている。しかし不思議だがスタッフの方々は私には大変感じがいい。不思議な安心感、、、なんだこれ。初めてなのに違和感が全くない。たぶん皆オタッキーなにおいがするからだ。私を同類と認めてくれたのか?羽が生えた恥ずかしい車に嬉しそうに乗っている恥ずかしいおやじだからか?変に居心地が良いので、私が求めているのはこういった場所なのかもしれないと思った。意外な発見だ。つまり私自身も”ヲタク”ということなのだろう。ちょっとムチムチした店長さんに勧められるままに、ものすごく大きな羽のついた(これはかなり恥ずかしい)、真っ黄色かつピカピカなSスポーツに乗せてもらった。試乗の間中、オタッキーなお話を伺うことができてものすごく楽しかった。この人は車屋さんには全く見えない。身なりのちょっと悪い(ごめんなさい)リーマンにしか見えない。車は絶対的な性能は大したことがないのだが、日常生活領域でのスポーツ性能はかなり高く、乗っていて大変面白いものだった。値段も妥当だと思った。しかし外観は何とかしないとだめだ。巨大な親父が小さくって黄色い、羽が生えた車に嬉しそうに乗っていたら周りの人達は一斉に引くだろう。”内装も外装も自信がある”、”レースで培った技術で何でもやる”、”塗装もコーティングもやる”、”パーツの開発もやる”、”基本何でもできる”、とのことで、店長さんのお話は確かにその通り、事実なのだろう。ものすごく頼れると思った。意外と乗り心地がいいSwiftのハンドルを握りながら、こういうのもありかな、と、本気で考えた。ヲタクの心はヲタクにしかわからないのだ。自分がヲタクであることに初めて気が付いた日であった。意外な収穫だった。Hondaのコンプリートカーを売っているお店を探せばいいのかもしれない。幸せになれそうな予感。

日本のクルマをおりるかも -3- ディーラーの力 BMW 3 Series [クルマ]

日本のクルマをおりるかも -3- ディーラーの力 BMW 3 Series

BMWの3は、昔バブル華やかなりしころ、”六本木のカローラ”と呼ばれていたことを知っているだろうか。とんでもない話だ。つつましいたたずまいとちょうどいい大きさ、サイズの割に広く取られたグリーンハウスなど、個人的に好印象を持っていた。歳がばれるような話だ。ソリッドの濃紺(何とかブルーとかいう名前があるのだと思うが、BMWらしい色)に彩られたこの車を自分のものにしたい、と考えたことが何度かあった。それで、無理をして時間を作ってディーラーに足を運んでみた。

クルマを駐車場に入れると、、、モデルのようなおねいさんが誘導してくれ、にっこりと”いらしゃいませ”とご挨拶。なかなかできる。やるな。横目で整備場をチェックすると、設備はかなり年季が入っている。清潔感はいまいちかな?しかし歴史がある、年月の試験にパスしている、と評価することも可能かと思う。残念ながらメカニックの方たちは見当たらなかった。ディーラーによっては彼らがさわやかな挨拶を返してくれたりするので(例: 一部のToyota、Yanase)、ディーラーのメカの方たちとお話をすることは、少なくとも私にとっては重要なプロセスだ。

デルモのオネイサンに促されておもむろに中に入ってゆくと、なんとハーフの、こちらもデルモのような男女がちらりほらりと静かに歩いている。彼ら彼女らがディーラーの営業さんらしい、これには驚いた。まるで某国に住んでいた数年前に戻ったみたいだ。危うく訛りのきつい英語であいさつしそうになってしまった、恥ずかしい。それで、例によっておねいさんがたに供されたお茶をいただきながら、試乗をお願いした。客の数は少なく、そのほとんどが白髪の男性であった。なんという平均年齢の高さ。しかし裕福そうな人たちばかりで、ラフな装いの方がほとんどであったが、加齢臭は漂っていない的な雰囲気。みな静かに、自分が購入を考えているクルマのカタログなどを、まったりとした時間の中で、一人ひげなどなでつつ眺めている。客もスタッフも、ゆっくり歩き、ゆっくり話をしている。やはり利益率が高い外車のディーラーなので、一人に客にかける時間が長めに設定されているのだろう。私ものんびりと待たせていただき、試乗までのんびりと過ごさせていただいた。あー、落ち着くなあ、ここ。

それで、案内された3に乗り込んだ。大きな、牛のようにどっしりとした車だ。これは本当に3なのか?5とかじゃないのか?さまざまなエレキ仕掛けで彩られたちょっとプラスティッキーなコクピットに乗り込み、エンジンに火を入れた、、、静かだ。振動もあまり感じない。たくさんあるスイッチ類はほとんどが電気的な接点に過ぎず、機械的なスイッチは排除されているようだ。それでも、ごちゃごちゃとして視界が遮られるようなことはない。人間工学的に考え抜かれた配置なのだろう、たぶん。エレキの中身の多くは日本製が採用されているらしい。信頼性もだから高めなのだろう、と予測。ポジションを合わせて、、、、これは素晴らしい、、、巨体の私にも楽々対応してくれる、、、走り始める。同乗してくれたスタッフのおにーちゃんもやはり手足の長いデルモ体型のハーフの方だった。ゆっくりと道路に出ようと、、、、一時停止をすると、、、、アイドリングストップ!数秒後に目覚めたエンジンは、ものすごく大きな振動とともに目覚めた。なんだこれは、、、。しかしめげずに道路に繰り出す、、、、。”ぬもーーーー”と加速。なめらかではあるがやや力感に欠けるきらいがある。エンジンはその存在を主張しない(オートマ故高回転は試せず)。左右に素早くゆすってみると、、、”ぬもーぬもー”と身もだえする。フレームのスタビリティはさすがドイツ系、しかしハンドルからの情報は少なめである。体感速度よりもスピードメーターは高めを指している。ギャップは”だんだんとんとん”と、軽快ではないが無難にこなす。ランフラットタイヤの影響かも。そして高速に乗って、、、、コーナーでは楽々走っているようなつもりでも結構な速度が出ており、シャシーの基本性能が高いことをうかがわせる。高速性能は文句のないものだが、ダイレクト感に乏しいので疲れないかわりに膜ひとつかかったようなフィーリングだ。間違いなくいい車だ、しかしこれは高級車ではない、と感じた。高級車を買うつもりないし、お金もないのでそれでいいのだけれど。長距離を疲れずに移動するのにはよいクルマかな、と考えたが、その分野はベンツのほうが得意だ。走りながらスタッフの若者とお話をしたところによれば、購入する人の年齢が高いので、贅沢方向に振って販売しており、走りの良さは表に出していない、とのことであった。ナルホド。”駆け抜ける喜び”なんて言っていると、販売会社がつぶれてしまうのだろう、、、。そのあたりで試乗を終えた。現代の3は、私の記憶の中の3とはずいぶん違うクルマになってしまったようで、びっくりしてしまった。良し悪しではないけれど。また、伺うところによれば、エンジンはどこ製かわからないが、本体の製造場所は南アフリカであるとのことで、それを伺って、大変申し訳ないが、購入する意欲が一気にそがれてしまった。ドイツ製の普通のBMWはもう手に入らないということなのだろう。マニュアル仕様は購入可能だが、選択の幅はかなり狭い、とも説明していただいた。疑いなく良い車だが、いろいろな付帯状況を鑑みると、私には合わない、、、。this is not my cup of tea. というやつだ。残念だ。

ディーラーの底力はかなりのものなのではないか。だってこれだけたくさんのかっこいい若者を集めるのはものすごく大変だろうと思うのだ。彼らの教育にもおそらく結構な時間とお金をかけているのだろうし。メカニックの方たちとお話しできなかったことは大変残念だったが、おそらく信頼に足る整備をしてもらえるのだろう、と信じることはできた。BMWのオーナーになることは楽しそうではあったのだが、名車BMW3seriesは私が探していた車ではないようだ。残念だがもう少し他をあたってみよう。ディーラーのスタッフの皆様、ご対応ありがとうございました。とても参考になりました。ついお礼を言いたくなってしまった。
タグ:BMW 3

日本のクルマをおりるかも -4- ディーラーの力 Toyota 86 [クルマ]

日本のクルマをおりるかも -4- ディーラーの力 Toyota 86

引き続きずいぶんと無理をして時間を作って、2時間ほどしか寝ていない状態でToyotaのディーラーに足を運んだ。シャワーを浴びて、珈琲を流し込んで心身をしゃっきりさせてから外出だ。私が訪れたToyotaディーラーは、客用の駐車場用に十分なスペースが作ってあり、安心してクルマを止めることが出来た。ディーラーで車を傷つけられるのは許せないので、これはありがたい。駐車するとスタッフが早速笑顔を浮かべて駆け寄ってきて、親切にもドアノブを開けてくれた。ありがたいが本当はオレのクルマに触らないでほしい、、、、でもにっこり笑ってお礼を言った。ありがとう。感じがいい青年だ。

その感じの良いスタッフのお兄さんと一緒に建物の中へ入る。昔からこの場所でやっているそうで、広く天井が高く、ガラスの多い開放的な建物で居心地が良い。おかしな匂いもしない。快適で落ち着く空間だ。青年によれば、某県で2-3番目に大きなディーラーだという。なるほど。全体に清潔で静か、テーブルの上もものがほとんど置かれておらず、清潔に保たれている。なかなかのものだ。スタッフの方たちは、老若男女様々だが、みな身ぎれいでニコニコと感じがいい。目が合えばきちんと挨拶。挨拶は基本だからね。基本が出来ているのは簡単なようで実は難しいのだ。外車系ディーラーほど高級な感じはしないが、私はこちらの雰囲気の方が簡素で好きかもしれない。さて、それで早速試乗をお願いした。車種はもちろん86だ。実はiQにも興味があるのだが、巨人の私がこれに乗ると、実物大のチョロQになってしまう。家人の強い制止もあり、残念だがiQはあきらめた。それで86だ。すぐに話が通り、車を用意していただいた。話が早くて大変ありがたい。飲み物をすすり、カタログを拝見しながら車を待つ。10分もしないうちに試乗準備OKとなった。これはサス周り?のボルトを変えて走りを改善した、改良後のモデルだと伺った。ナルホド。

早速車に乗り込むと、、、椅子が低いのは大変いいのだが、天井がそれでも私にはやや低いかも。巨体を持て余す私にはこのクルマは小さすぎるか?しかし椅子に深く座ってしまうとなんとかなり、まあ許容範囲のサイズだと判断して吟味を続けた。狭い車内空間でもあり、適度な包まれ感があって、落ち着くドライバーズシートだ。閉塞感はあまり感じない。車内から眺めると、意外とボンネットがぽってりとたかく盛り上がっており、車幅認識は簡単だが死角が多い印象。これはちょっと怖いかも。事故った際の歩行者へのダメージ軽減の為らしい。角度調整に加えてテレスコのついたハンドル、それからミラーを合わせて、、、、エンジンをかける。安めのモデルなので、昔ながらのキーをひねるスタイルだ。車内をしげしげと見回すと、、、内装はスパルタン、、、というか正直に言ってすこし“ビンボ“がはいっており、やや残念な感じだ。必要十分なものしかついていないことは好感度が高いのだが、最低限のパーツの品質をもう少しだけ高めてほしいと思った。トリムが高いモデルにのれば、質感は違うのかもしれない。しかし86は高級車ではないし、高額車でもないので、質感を求めるのは私が間違っているのだろう。品定めを続ける。シートは巨人である私にはほぼぎりぎりの大きさ、しかし尻を深く沈めてしまえば落ち着きは悪くない。首へのサポートはやや弱いかもしれない。ともあれ、シートポジションは、私の体にもぴったりと合わせることが出来た。◎だ。エアコンなどいろいろと試しながら、青年に話しかける。スタッフの青年はあまり86に詳しくないらしい、、、ので、質問の内容を途中でマニアックなものから当たり障りのないものに切り替えた。ペダルやサイドブレーキの感触を確かめながら、走り出す。歩行者に気を付けて、、、っと。

オートマであることが返すがえすも残念だが(86のオートマを買う意味があるのか?偏見かもしれないが、、偏見です、はい。)、とにかく早速車を走らせる。走らなければ何もわからない。やや“ぬもも”感があり、つまりダイレクト感に欠けるハンドルだが、嫌いになるほどではない。愛用しているFD2と比べると、乗り心地はいいし、全てがマイルドに感じられる。全ての反応は、半テンポ遅れる感じ。言い悪いではなく、比較の対照が悪いだけなのかもしれないけれど。ディーラーの青年に許可を得てから左右に素早く大きくゆすってみると、こちらのハンドル操作に、車体は僅かに遅れながら、それでもきちんとついてくる。青年のほっぺがひきつっているようなので、振り回すのをやめる。乱暴な運転をしているつもりはないのだが、、、スミマセン。ここまでは、私のお尻は86にFRを感じなかったが、深いコーナーをスピードを乗せて横G を感じながら曲がると、ようやく“FRだなあ”、という感じがした。よしよし。目隠しをしてもFFとは区別できそうだ。これも◎だ。

青年のほっぺに気を付けながら、右足を“重くして”エンジンを高めの回転数で回してみるが、何かが起こりそうな予感はあまりしなかった。スバルの“どこどこ”が小さく聞こえることを期待したのだが、そうはならず残念。回転をたいして上げていないので、吸排気音を聞かせるせっかくのギミックも効果を感じさせなかった。残念だ。私のお耳がが鈍いだけかも。さらに残念なことに、そのあたりには無料で走ることのできる高速道路の一区間があるのだが、そこは走らせていただけなかった。ただし、青年の好意で試乗コースを少し延長し、路面が荒れたところを多めに走らせていただいたことは付記しておきたい。ありがたかった。

ボンネットを開けてみても、あまり印象に残らない絵だった。しかしオイルフィルターが上を向いて取り付けられているのにはびっくりした。交換の時におそらく油まみれになるのではないか?メカニックの方によれば、“整備しやすいクルマ”とのことであったけれども。整然としたエンジンルームであった。

試乗を終え、許可を頂いて整備場を拝見する。やはり日系他社と比較して、ずいぶん整理整頓されている印象。別に設備が新しいわけではないのに。清潔だし、整頓されているし、空間も十分にあるし。許されるのであれば、ガレージでビールをおいしく飲めそうだった。この整備場であれば信じてもいいような気がした。メカさんたちのつなぎも清潔で、建物の裏にある洗濯機のようなものでつなぎを洗っている様子をたまたま目にすることが出来た。洗車後のクルマについた水滴を、営業さんががしがしと雑巾で拭いているのを目にしてちょっと嫌な気持ちになったが、こんなガレージでFD2を整備してほしいものだとつくづく感じたものだった。

やはり(少なくともこの)Toyotaは信頼できる会社だと思った。販社の成り立ちなどを多少説明していただいたが、複雑な資本関係など、部外者にはわかりずらいことも多かった。しかし全体の印象として、“信頼性”ということであれば、Toyotaに勝るものは無い、というのが本日の個人的な印象だった。たぶん外車系も含めてのお話だ。

面白いのは、例えばHondaやSaabのクルマがガレージに入庫しており、整備を受けていたことだ。86を手にすれば、SubaruのクルマをToyotaのサービスで、という、いいとこ取りが出来るのだが、私のクルマをここで整備していただければなあ、とつくづく感じた。今度失礼を承知でお願いしてみようか?

真剣に買い替えを考えつつ試乗を重ねると、FD2の良さを再確認することになるのは皮肉だ。私の選択は間違っていなかったことを確信するに至った。イメージとして零戦のような、走りに特化した、他の事はどうでもいい、という態度で作られた素晴らしいクルマだ。

FD2と比較するとどうしても辛口の評価になってしまうが、86は大変良い、乗れば間違いなく愛着の湧くであろうクルマだ。もうほんの少しだけ、全体にピシッとしてシャープな感じになるとさらによいのだけれど。もっと軽く作ればいいのか(お金かかるのはわかっています)?買えば幸せになれること請け合いで、もうほとんど買いそうになっており、カタログを何度も見返している。86を買って、事故でも故障でも、なにか問題が起きれば、全部Toyotaにお願いすればいいのだ。たぶん“びしっ”と直してくれるだろう。何の心配もない、、、。それが私の求めているカーライフなのだ。すぐそこに、簡単に手に入る幸せがすぐそこにぶら下がっている、、、。しかし二度と失敗しないように、もう少しだけ確認すべきことがあるのだ。FD2への愛情も少しも減っていないことだし。

最近いろいろと無理をしているのだけれど、何とか無理やりにでも時間を作って、Mazdaにお邪魔してみるつもりだ。昼休みなど、疲れてつい椅子の上に座ったままよだれを垂らしてしまうことが多い。大丈夫かオレ?何とかして、近いうちに時間をひねり出して、ロードスターの可動式ハードトップがついたモデルを見せていただこうと考えている。最近のMazdaのクルマは、私には大変魅力的に見えるのだ。しかしディーラーのアフターケアの力について吟味しなければ、、、。

-しつこくto be continued-

タグ:TOYOTA 86

日本のクルマをおりるかも -5- ディーラーの力 Mazda Roadstar [クルマ]

日本のクルマをおりるかも -5- ディーラーの力 Mazda Roadstar

何度かMazdaディーラーを訪れようとしたのだが、休みが合わなかったり、道路工事をしていたり、周囲の道が渋滞していたり、、、なぜかその機会に恵まれなかった。ご縁がないのかな?とあきらめかけていたところ、数日前になんとか目的を果たすことができた。やれ嬉しや。訪れたディーラーは、表通りをはずれた少し寂しい感じのところに建っていたのだが、建物に入ってびっくり、ずいぶん広く、清潔で、気持ちのよい空間だ。うれしい驚き。Mazdaなかなかやるじゃないか!

駐車場も十分に広く、後の心配をしないで愛車を停めることができた。これはクルマを愛する私にとっては大変重要。駐車場に停めた車を心配していたら、真剣にディーラーのスタッフと話もできないし、試乗にも身が入らないではないか。とりあえず合格、◎だ。スバラシイ。すぐにスタッフの方が来てくれて、エスコートしてもらった。開けたドアがぶつからないように手をかざしてはくれたが、ドアノブを触ったりはしなかった。細かいことだが私はそんなやり方が気に入った。大丈夫そうかな、と。

それでできるだけ丁寧に試乗をお願いした。

段取りは悪かったが、購入を考えているグレードのロドスタを用意してくれ、さっそく乗ってみろという。いそいそと車に向かう。あったあった、これだこれだ。なかなか可愛いカッコイイ。知ってはいたがなんとも小さな車体。小動物がぺたんと小さくつぶれて路上で四足を踏ん張っているような。トランクを開けてバッグを入れさせていただいたのだが、ちょっと驚いた。何に驚いたかというと、トランク周りのかっちりした造りと塗装の品質の高さだ。昔のMazdaのイメージを引きずっている私は、失礼だがこの車の仕上げや剛性感に多くを期待していなかったのだが、期待を二回り以上上回る出来栄えだ。スバラシイ(2回目)。ドアを開け閉めするとバシャンという音。この車は基本オープンだし、2ドアなのでそれは仕方がない。ドアの開け閉めで感じられる剛性感はそこそこだ。

さっそくコクピットに乗り込んで、、、、ポジションを合わせる、、、ペダル位置は全体に外側に向けて設定されており、下半身が斜めに流れる不思議な感覚。ハンドルは角度調整のみで、テレスコは無しだ。それでもそれなりに快適なポジションを探し、背筋を伸ばして外を、、、、と、、、私の頭をこするのは誰?それまもちろんロドスタの幌だ。シートを上下するリフト機能はついていないため、前後にスライドさせて背中を丸めて車に体を合わせることになる、、、、これはちょっと困った。

ともあれ、可能な範囲でベストポジションを探して、、、、ちょっとだけ首を曲げながら、、、エンジンをかける。当然一発で始動。基調黒でまとめられた狭いコクピット、上下左右からの包まれ感、エンジンの音と振動とわずかな油のにおい、、、いい感じだ。とっても落ち着く。排気系と思われるややからからという音がちょっと耳障り。しかしそれはまあいい。さっそく走り出す、、、、ギャップを超えて、、、、よいしょ、、、と、、、ダイレクトにショックが尻とハンドルに伝わってくるが、FD2と比べれば何のことはない。快適、と言ってもいいようなショックだ。車体はミシリともいわず、なかなかしっかりとしたシャシーであることを伝えてくる。ゆっくり走っていても、手、尻、それに加えて目や鼻からたくさんの情報が入ってくるので結構楽しい。ステレオはいらない。FD2もそうだけれど。大きくゆすってみてもおさまりがいい。FD2とは違ってエンジンが主役という印象は薄い。体全体で走っているような感じ。なかなかいいぞ。

”踏んで回すと本領を発揮”、とスタッフの方が言うのだが、道が混んでいてアクセルをがばっと開くチャンスはなかった。返す返すも残念だ。ギアはメカニカルに小さなストロークでカチカチと決まるタイプ。クラッチもわずかなストロークで切れたりつながったり、しかし半クラも当然楽々決まる。ペダルのオフセットは上記のように結構きついが、ヒールアンドトウは初めての私でもやりやすかった。体の真横にブレーキとギアを横付けにして、カチカチやりながら地面の上すれすれをお尻が滑っている感じはなかなか良かった。頭の中がちょっと静かになる感じだった。ウヒヒ。ちょっとヨダレ垂れるね。しかしものすごく劇的なわけではなく、日常的に楽しめるレベルのちょっと地味目な。

これは、高級車ではないが、間違いなく名車だ。肌で感じた。代を重ねて磨き上げられて、おそらく特別なパーツはほとんど使っていないのだろうが、ある方向性に向かって高度に絞り上げられ、洗練された一つの”かたち”になっているのだろう。内装の一部の樹脂の銀色メッキがちょっとビンボくさいような気もしたが、いやだな、と思う部分はほとんどなかった。スバラシイ(3回目)私がもう少しだけ小さなオヤジだったら、、、悔やまれる。体重を落としてもたぶん結果は変わらないだろう。あきらめる前にもうすこし調べてみるつもりではあるが、この車は私には少し小さすぎるようだ。

私がディーラーで見つけたもう一つのスバラシイこと。ガレージがものすごくきれいで整頓されていたこと。これだ、私が求めているものは!と感涙にむせんだ。床なんてピカピカだぜ!これはスゲエ、スバラシイ。

それにしても、車のことを調べれば調べるほど、FD2は私にちょうど良い選択であったことを再確認することになる。嬉しいやら悲しいやら。

Mazdaのディーラー、少なくとも私がお世話になったところは、資金力などはToyotaなど大き目の会社にかなわないのだろうが、スタッフがものすごく頑張っていることがよく分かった。みんなニコニコと感じが良かった。頑張る方向性は、まさにわたし好みのものだった。私の期待をはるかに超えたディーラーの力を感じさせてくれた。うれしい驚きだ。Mazda頑張っている。 Mazdaスバラシイ(5回目)。

-to be continued-
タグ:MAZDA Roadstar

日本の車を買ったよ -7- 高速道路にて [クルマ]

日本の車を買ったよ -7- 高速道路にて

最近、大都市圏の高速道路を利用することが多い。かつては有料道路を走ることを潔しとせず、もっぱら下道を愛用してきた私であったが、最近は人生におけるactiveでいられる時間が残り少ない事を意識することが多く、時間を節約するためにお金を払うことが苦にならなくなってきたからだ。また、なんといっても自動車だけしか走っておらず、動きの予測が困難なオバチャリ、ガキ、犬などを意識しなくても済むのもいい。

日常的に走ってみると、様々なことに気付く。高速道路というのもなかなか奥が深い。古い高速は道路のつなぎ目が多く、カーブがきつく、ロードホールディングノイズが大きく、想定される走行速度が低く設定されていることがよく分かるし、最近作られた高速は降雨時の水はけが良かったり、コーナーでは軽くバンクがつけられていたり、ずいぶん走りやすくなっている。古い高速では、コーナーを立ち上がろうとするところで強引に合流させられたり、コーナーの一番横Gがかかるところに幅広の鉄板が敷いてあったり、事故が起きないのが不思議なくらいのむちゃくちゃな設計になっていたりするので、時々○○がチジミ上がるような怖い思いをすることがある。しかし自分が走る道路を細かく知ってしまえば、それも楽しみに変わる、、、様な気がする。

道路の設計や作り自体の問題もあるが、周囲を走るクルマの運転のマナーも走り易さに大きくかかわってくる。車線が3つ以上あるような広い道路が延々と直線で続くような場所ならいざ知らず、複数の道路が、曲がりながら立体交差でつながったりはなれたりするような場所で、やばい運転をする人たちがいると、本当にシャレにならない。命の危険を感じる。特に週末、普段高速を走り慣れていないドライバーたちが多いときは本当にやばい。週末早朝に人を満載した小型のワゴン車が、私の目の前でなぜかコーナーの入り口で路肩のフェンスに吸い込まれるように突っ込んだのだが、その後派手にひっくり返った時はめちゃめちゃ驚いた。血まみれになった人がよろよろと這い出して来て、なぜか車いすに乗っている人までいた。不幸にして事故にあった数人の方たちが、安全なところまで避難したのを見届けて、心からほっとしたものだ。また、工具を満載した軽トラが、コーナーでスピードを出しすぎてやはり私のクルマが走る目の前でひっくり返ったのも結構インパクトがあった。マンガのような出来事が目の前で起こると、どうも人はへらへらと笑ってしまうらしい。不謹慎だが私の場合もそうするしかなかった。この時は、フルブレーキングをして難を逃れた私の後ろには誰もおらず、幸いにして”お釜をほられる”ことはなかった。運が良かった。運転手さんも無事に車から這い出して、ふてくされて路上に座り込んで煙草を吸いだしてしまった。とりあえず無事でよかった。運転を始めて長い年月、私の目の前で命が失われるような重大事故が起こったことは無いのはただ単に運がいいとしか言いようがない。さて。

マナーが悪い人はたくさんおり、危険な運転をする人も数知れない。私の個人的な印象では、せっかく車間距離を保って運転しているのに無理な割り込みをしてきたり、後ろから煽るような危ない運転をするのは大きめのワゴン車である確率が高いように思われる。ワゴン車の運転席は高いので、遠くまで見渡せるのだから、周囲の状況を十分に把握して安全運転をしたくなるのではないか、と思うのだが、そうではないことが多いような。ワゴン車は基本的に運動性能が低いわけで、安全運転を期待したのだが、追い越し車線で、後ろにべったりとつけてパッシングをしたりクラクションを鳴らしたりするのは、たまたまなのだと思いたいが、私の個人的経験では多くの場合ワゴン車だ。私のクルマはたいていのワゴン車よりも早いと思う。羽も生えているし、車高もはっきりと落としてあるので外から見ても明らかだと思うのだが、そういったことは関係ないらしい。こちらが周囲に合わせた速度で走っていると、ぎりぎりまで車間距離を詰めて後ろから煽ってくる。私がフルブレーキングをすれば100%追突だと思う。本当に勘弁してほしい。バックミラーがワゴン車でいっぱいになるくらい近づいてきたときは、ガンを飛ばすことにしているのだが、多くの場合これは無効で(アタリマエか)危険は避けたいので道を譲ることにしている。奴らはなんと嬉しそうに私のクルマを抜いてゆくことよ、、、。頼むからクルマに合わせた運転を楽しんでほしい、と世界の中心に向かって叫びたい。

高速道路を走っていて一番頭に来るのは渋滞ではないだろうか?こちらは高いお金を払って時間を買っているのに、渋滞って何?いい加減にしてよ、、、というのがほとんどのドライバーの感じ方なのだと思う。渋滞の原因は数限りなくあるのだろうが、最近気が付いたことがある、、、それはプロのドライバーの運転マナーだ。タクシーとトラックのことだ。タクシーのことはこの際おいておこう。そのうちに書く機会もあるかもしれない。今はとりあえずトラック、、、トラックの運転に物申したい。数多くのトラックが高速を走り、日本の産業や生活を支えてくれている。トラックなしでは我々の日常生活は立ち行かないことは明らかだ。私自身もトラックドライバーの労働の恩恵にあずかっていることは重々承知しており、ありがたいと思っている。トラックの運転、、、客観的に評価すれば、確率的にはマナーが良いトラックが多いように感じている。都会を走り慣れて、高速の分岐など隅々まで知り尽くしていると思われるトラックドライバーの運転などは特に、車線変更などに無駄が無く、スムースで見ていて気持ちがいい。しかしごく一部のトラックの人たち、、、ごく一部と思いたいのだが、、、これは本当に手の付けようがない。危険だし残念だし頭にくる。追い越し車線を自分の好きな速度で走ってゆくのが一番快適なのは誰しも同じだと思うのだが、背の高いトラックにこれをやられると本当に頭にくる。トラックは多くの場合、上り坂や急なコーナーで大きく速度を失うが、多くの良心的な運転手さんの場合はそのような場合、後ろの車を意識して道を譲ってくれるのだと思う。そういうことは日常的にあり、ありがたいな、と感じると同時に、そうしてもらわないと困る、とも思う。だって早いクルマは右、ゆっくり走りたい車は左と決められているのだ。道路といったって社会なのだから、ルールに従って振舞ってほしいものだ。私自身も引っ越しなどでトラックのハンドルを握るときは、もっぱら走行車線をゆっくり走る。だってスピードを出すようには作られていたいんだから。しかし大きな背の高いトラックが追い越し車線を延々とまったり走り、走行車線が混雑しているために追い抜くことも出来ず、後続の車が延々と続いてイライラ、、、ということを何度経験したことだろう。本当に頭にくる。長距離の運転は確かに大変だろう。しかし大変でない仕事など、この地球上には無いのだ。多少面倒くさいだろうが、走行車線に移るべきだ。自分が僅かな楽をするために、他人の迷惑など関係ない、という人もいるだろう。しかし我々は礼節と秩序を重んじる日本人だ。恥を知れ、と言いたい。追い越し車線のトラックの後ろで長い列をつくっている後ろの車に気付かないこともあるのかもしれない、、、しかしそんな鈍感な人に大きなトラックを運転して欲しくない。交通の流れをブロックして、ストレスの解消をしている、、、面白がっている、、、そんな人がいるとは考えたくないが、たぶん稀にはいるのだろう。そういった人は、“高速道路”という社会から出てゆくべきではないか?一つ間違えば人が沢山死ぬのだから。

西欧の文化が日本の文化より優れていると感じることは個人的にはほとんど全く無い。クルマだって国産車を乗っていきたいと思っているし、アルコールだって日本酒が贔屓だ。しかし悔しいがトラックの運転マナーだけはむこうの圧勝のようだ。米国の高速道路を運転する機会が数えきれないほどあったのだが、向こうのトラックドライバーはプロとしての矜持を持っているようで、坂の前ではほぼ必ず道を譲ってくれるし、お礼を言えば微笑んだり親指を立てたりして挨拶してくれたものだ。(一部の)日本のプロドライバーの方々も、運転のプロとしてプライドを持ち、私の様な一般のドライバーたちに良い見本を見せ、自動車文化のけん引役を務めてもらえないものだろうか?こんなところで呟いてみても意味がないのかもしれないが、あまりにも頭に来ることが多いのでちょっと書いてみた。何もしないよりはましだろう。

日本の車を買ったよ -8- 努力は報われることも(稀には)ある [クルマ]

日本の車を買ったよ -8- 努力は報われることも(稀には)ある

日本の車を本気で降りようとしていた。私はオヤジになり、幸いにして多少の金はあるが、車を自分でメンテする場所も時間もなく、頼れる整備工場も見つけることができなかったからだ。情けないが仕方がない。それでもあきらめきれずにいろいろな人に相談したり、電話をかけてみたりした。かつてYに勤めていた現役の車業界の人は、私が期待するようなマニアックな人はもうほとんどディーラーにはいないし、私が希望するようなサービスを受けることはいくらお金を払っても不可能だ、と断言して、マニュアル車を降りることを提案してくれた。それでもやはりあきらめきれず、いくつものH社ディーラーに行っては悲しい思いを繰り返した。詳細はもうこれ以上書きたくない。この過程を通して、数人の信頼できる人と、幸いにして知り合うことができたのだが、車を丸ごと預けるほど信頼できる工場には不幸にして出会うことがなかった。いわゆるチューニングショップにも連絡を取ってみた。自信満々で何でも持ってきてくれというが、自社の製品をプッシュする姿勢がどうにも信頼しずらい。ちょっと怪しい(ごめんなさい)。それでも一度実際に車を持って行ってみよう、などと考えていた。実際に話をしてみないと、何もわからない。頭でっかちになってせっかくの機会を失うのは愚かだ。それでもしかし、H社のディーラーには頭が狂っている私の話を理解してくれる、私のクルマに対する愛情やこだわりを楽勝で受け止めてくれる、オタクのような人はいないのだろうか?手放しで信頼できる営業さんやメカさんはいないのだろうか?H社に勤める知人には、あまりしつこく相談したくない。というかすでに嫌われてしまってみたいだ。それでも、もう一度だけディーラーで信頼できる人を探してみよう、と心に定め、私の愛すべき車をあきらめる前にディーラーに足を運んでみることとした。

いろんな場所にあるディーラーを調べて、何度も電話をして、どこに行ってみるか様々に考えた。割と新しい、大都市の外れにある、ディーラーが直資100%でやっている、駐車場が広々とした、メカニックが沢山いる、、、ところを選びに選んだ(我ながらうるさい奴だ)。結構大変だったよ。毎日そこに行くわけではないので、家からの距離はこの際関係ない。100㌔だろうが200㌔だろうが、満足するケアをしてもらえるならば私的には無問題だ。ドライブの楽しい目的地にもなるし。地元から始めて(残念ながら3箇所行ってみたが、全然だめだった)、最後は50㌔以上自宅から離れた、某ディーラーにたどり着いた。たぶんこれが最後の賭けになるだろう。迷いに迷った末、電話をしてみたところ、感じのいいお姉さんが応対してくれ(ここまではどのディーラーもよくやっている)、私の希望に本日対応してくれるという。それで、ジャブを放って様子を見るようなつもりで、軽い整備をお願いしてみた。

自宅から1時間ほど楽しく走って、新しい、割と構えの大きいディーラーに到着した。大通りに面しており、ディーラーの中に入っていくのはなかなかスリリングだったが、建物の中はピカピカで居心地がいい。しかし駐車場は今日はたまたますいていたものの、あまり数がなく、個々のスペースも不十分だ。私的にはとても安心して駐車ができない。これは、私の限られた経験によれば、H社のディーラーのどこに行っても同じようで、ディーラーが客の持ち物である車に対する態度を表しているようで、悲しくて仕方がない。大きな都市の土地がいかに高価であるか、そんなことは誰だってわかっている。その限られた土地を何にどうやって使うかが問われているのだと思うのだ。経営的にやせ我慢をしてでも、客用の駐車場をもっと広くとるべきではないのだろうか?他社(例えばT社やM社)を観察して、見習ってくれると個人的にはうれしい。

とにかく手際よく狭い駐車スペースに駐車をすると、よくある外車のディーラーのように、スタッフが駐車場に目を光らせており、すぐにお迎えに来てくれた。なかなか感じがいい。それで店内に入り、テーブルに導かれ、応対してくれるスタッフが来てくれるのを待った。お茶を出してくれたが、大変申し訳ないがお味はいまいちだ。そうです私は珈琲にうるさいオヤジなんです。面白いことだが、高級車を売るディーラーだからと言って、珈琲が美味しいとは限らない。このあたりの話は、また機会があったら書いてみよう。ともあれ、油で汚れたつなぎを着たメカニックの方が現れた。本当に本当に残念ながら、お手ても油で真黒だった。ピカピカの建物との対比がとってもシュールだ。これはダメかな、と正直思った。とても大事なことだと思うのだがどうだろうか。それでも初めての整備は決行することにした。にっこりと笑って見学をお願いしたところ、快くOKしていただいた。話をするうちに、けっこう親切な人だな、と肌で感じ、こちらも誠実にしようという気持ちになり、自然に身分を明かして、どういったサービスを期待しているかといったあたりも、かなーり詳しく伝えた。“この車大切にしているから、丁寧に整備してね”と。嫌われようが、くるっていると思われようが、言うことは言わせてもらわないと。それで一緒にピットへ、、、。私の車をちらっと見て、フフン、ラジオとナビがついちゃってますね、、、とおっしゃるのだが、どういう意味なのだろうか?

作業には熟練しており、安心してみていられるものだった。汚れたお手て以外は全くなし。つれづれに話をしてみたころ、この方は筋金入りの車好きであることが明らかになった。私の車を見ていただき、メンテについて的確なアドバイスをいただき、この方自身の車の話なども伺うことができた。私の運転の癖なども的確に言い当てられ、短時間のお付き合いではあったが信頼感は増すばかりであった。この方と私では、車に対する向き合い方がずいぶんと違うようではあったが、私の考え方、感じ方を瞬時に理解していただき、今後の私の車のメンテこの方にを引き受けていただくことができた。”職場に車好きが減ってしまい、私の車のように特殊な車の場合は、きちんと整備できるメカニックがあまりいないんですよ”、とおっしゃっておられた。ラジオとナビの件は、“走るためだけの車に、そんなもの必要なの?”という、もっともなご意見の発露だったということが、後に明らかになった。納得。

20数年前、高速でエンジンが止まるようなボロボロの車に乗っていたことがある。このころは幸いにも気のいいメカニックと知り合うことができ、めちゃめちゃ忙しかったので、メンテはすべてお願いして、安心して車に乗ることができた。この人は、”次はいついつ来いよ”、なんて言ってくれたっけ。今乗っている車は、高級車でも高額車でもないが、価格のほとんど全てを走る機能だけに注ぎ込んである、二度と手に入らない、私にとっては唯一無二の特別な車だ。できるだけ長く、しかし遠慮せずにどんどん鞭を当てながら、この車に乗っていきたいと心の底から思っている。お金はかかっても構わないので、外装でも内装でも機械でも、必要があればバンバン交換して、車をきれいに保ちつつそうしたい。本日我が車を隅々まで観察して、とっても状態がいいことを再確認した。私のやってきたことは無駄ではなかった、、それは、まあいいか。

本日この方と巡り合ったことで、かつてと同じように、安心して車に乗ることが、少なくともしばらくはできそうだ。もし何らかの理由でこの車を失ってしまっても、この方と仲良くしている間は、またH社の車を買うことができるかもしれない。出来ればそうしたい。私は自分でも意外なのだが、H社の車が好きなのだ、ということが最近はっきりと分かったからだ。外車とかもう興味ないし。

子供のころ私たちは、大人たちから“努力は必ず報われる”と教わることが多いように思う。しかし現実は必ずしもそうではなく、“努力すれば稀には報われることもある、ただし運が良ければ。しかし努力しなければ、ほぼ間違いなく、めちゃめちゃ運が良くなければ報われることはないぜ”というのが現実だろう。今回の私の出会いは、非常に珍しい“稀に報われた”ケースだろう、と今のところは考えている。今日のところは、めでたし、めでたし、だ。今夜は珍しく、笑って眠ることができそうだ。明日の寝覚めもいいと思いたい。

日本の車を買ったよ -9- あなたはどうやって? [クルマ]

日本の車を買ったよ -9- あなたはどうやって?

イライラしているとき、なんだか元気が出ないとき、皆様はどうやって対処しておられるだろうか。酒を呑む、食べまくる、などの本能に訴えかける方向が一番手軽だと思われる。そうだとすると、長時間寝るとか、エッチな方向に持ってゆくやり方も効果があるのかもしれない。しかしそれでは猿と同じレベルだ。買い物しまくる、なんていうのもこの範疇に属するだろう。知性を持った人類の一員としては、もう少し本能から離れた方法で対処したいものだ。だとすれば運動する、なんていうのが次のレベルの代表になるだろう。鬱々と考えてみた。“ストレスコーピング”というやつだ。
1)人に頼って何とかする方法;知人に愚痴を聞いてもらう、実際に誰か人に会う、メール、ブログを書くなど、いわゆるバーチャルリアリティーの世界での活動
2)内面に向かう方法;深呼吸、ボランティアなどを含む宗教的な活動、ヨガ スピリチュアルな方向性、鍼灸、マッサージなども
3)逃避;私がよく使う手なのだが、本、映画、音楽などの世界に没頭して逃避する、狂ったように仕事に打ち込むのも本質的には同じだ
4)真っ向から自らの問題と向き合う;一つの方法ではあるが、これは博打だ。心身が充実しているときは上手くいく可能性もあるだろうが、打ちのめされてさらにイライラするかも
5)医療;医師、心理士などの専門家に相談して投薬を受ける、カウンセリングを受ける

思いつくままにつらつらと書き連ねてみた。
いろいろとあるけれど、ドライブするというのはどうだろうか。

米国に住んでいたころ、前科持ちの、社会的に重篤な問題がある複数の人たちと話をする機会があった。そのうちのひとり、2メートル近くある大きなひょろりとした男性が、“切れそうになったら、車を走らせればいいんだよ”と言っていたことを思い出す。彼によれば、ハイウェイを警察に捕まらない程度のスピードで(警察官とは親しくしたくないので)、延々と走り続けるのはとっても心にいいのだという。“タンク半分くらい走ると、ちょっと気分が良くなる”“タンクを全部使うくらい走れば、たいていの怒りはおさまるもんさ”なんて言っていた。“それでもまだキレそうだったら、またガソリンスタンドに行けばいいんだよ”だって。

日本人である私にとって、異国での車は移動の手段でしかなかったのだが、彼と話をして、ナルホド、と思わされることも多かった。しかし100マイル走れば気分爽快さ!じゃあなくって、“タンクひとつ分走れば、落ち着くんだぜ”って、言ったい何キロ走れば気が済むんだろう、、、。4-500㌔くらいっていうことだろうか?やっぱり自動車の最大消費国の人だけあって、言うことのスケールがでかい。ガソリンが安いからか?

当地での仕事のストレスで切れそうになったとき、彼の言葉を思い出して、延々とドライブをしたことがある。珈琲をポットに入れて、寝袋をもって、サンドイッチを沢山作って延々とハイウェイを走り続けた。アメリカの高速道路は、私の知る限りあまり舗装がきれいではないのだが、急なカーブはほとんどないし、勾配もゆるいので、走っていてもあまり刺激がない。

同じ姿勢でまっすぐ前を見て、高速で移動しているだけ。あんまり刺激がないので、そのうちにトランス状態みたいになってしまって、知らないうちに10分くらいたっていて、知らない場所を走っていたりする。意識が半分飛んでしまって、脊髄反射?で延々と走っているのだろう。危ないな。それで、場所にもよるんだろうけれど、4-5時間走り続けると隣の州になることが多く、制限速度が変わったりする。それくらい走り続けると、周りの景色も微妙に変わる。はるかな平原を走っていたのが、ちょっとした丘や川を目にするようになる、といったような微妙な変化だけれど。そうするとそろそろ給油が必要になる、ナルホド。

確かに車の運転は、私の苛立つ気持ちを落ち着かせてくれたように思う。
自分より物知りの人は、だれでも先生だ。

この話、もう少し広げてみようと思う。

日本の車を買ったよ -10- 困った奴がいた [クルマ]

日本の車を買ったよ  -10- 困った奴がいた

どう考えても頭がおかしい人がいたので、自分の気持ちを静めるために書いてみる。

早朝に自動車で通勤したのだが、空いている都会の道を走るのは楽しい。
そこそこのスピードで、エンジンの咆哮を楽しみながら横Gを感じつつコーナーを
ロールしながら抜けてゆく、、、いい年をして男の子の気持ちになってしまう。
さわやかな朝、都会の道を快調な愛車を駆って走り抜け、職場近くにたどり着く、、、。
今日も時間的な余裕をもって、楽しく仕事が出来そうだ、、、ありがとう銀太郎(と、今命名した)。

職場が近づいたので、ゆっくりと町を流していると、私の後ろに着いた黒いワンボックスカーがぴったりと後ろに付けてくる。感覚的な距離はたぶん50センチくらい。ミラーを覗くと、頭がぼさぼさで顔色が黒い30代の男が、煙草を吸いながら運転しているようだ。気持ち悪いのでゆっくりゆっくりと距離を広げる。すると面白がっているのか、私のクルマに追いすがってくる。再び私の尻にぴたりと張り付く。馬鹿かお前は?うちの銀太郎の様に軽くて速いクルマが急ブレーキをかければ、こいつがお釜を掘るのは明白だ。頭が狂っているのかこいつは?

お近づきになりたくない。朝から不愉快な奴と関わりたくない。先に行かせてあげたいのだが、あいにく街中で車線が一つしかない。困ったものだ。譲りようがない。信号で止まっていると、案の定ものすごく近く、15センチくらいにまで詰めてくる。クルマから出て行って抗議してやろうかとも思ったが、やめておいた。こいつを喜ばせてやることはない。この事態を予測して、あらかじめ自分の前にスペースを空けておいたので、ゆっくりゆっくりと距離を広げた。

青信号で走り出し、距離を広げる。次の交差点で目の前の信号が変わりそう、、、、黄色になったので故意にゆっくりと走り、信号の切れ目にコーナーを曲がった。これで黒ワゴンとおさらば出来ると思ったのだが、奴は信号が赤になる瞬間に狂ったように加速して、右に左にハンドルを切りながら銀太郎に迫ってきて、タイヤを鳴らしながら私についてきた。当然の様に赤信号を無視して交差点に進入、、、。こいつは気○○○だ。幸いにして事故らず、誰も傷つけることなく走り去っていったのだが、このとき重大な事故を引き起こしていても何ら不思議はない。私の銀太郎に追突していても不思議はない。

運転が上手いつもりなのだろうか?
世の中に不満があるのだろうか?
構ってくれるひとが誰もいないのだろうか?
ただの脳タリンなのかもしれない。

私の車は高額車ではないので、車を妬んだという可能性はなかろう。
他人の車に絡む、という点がポイントなんだろうと思う。こいつは人とかかわりがほしいのだ。
車に乗っているので、何をしても自分は安全だと思っているのだ。
走るのが好きなら一人で峠でもサーキットでも行けばいいのだ。街中で
他人を巻き込んだ危険な行為をする、というあたりがこの手の人たちのやりたい、
もしくはやらざるを得ない事なのだ。人とのかかわりが欲しいから。
しかし現実の世界では、自分が望むような関係が手に入らないのだろう。幸せな人生を
楽しんでいるのであれば、そんなばかげた危険な行為で人生をフイにするようなことは
考えない筈だ。救いようがない奴だと思った。

残念だがワンボックスの車に圧倒的にこの手が多い。何度も危ない思いをさせられている。トラックと比べても、間違いなく多いと思う。今朝の奴、黒ボックスは、最近出会った車の中では最悪にたちが悪かった。
警察に報告してやろうか、と、ナンバーを記憶したのだが、あまりに頭にきたのでメモる前に忘れてしまった。
残念だ。

社会に出るということは、選択なしにいろいろな人たちと直接触れ合うということだ。
それ自体は生きていくうえで大切なことだと思っているが、今朝みたいなのは本当に願い下げだ。
どこかで自爆でもしてくれるといいのだが。

仕方がないので、気はすすまないが、近い将来、ドライブレコーダーを導入するつもりだ。

日本のクルマを買ったよ -11- 整備って難しい [クルマ]

日本のクルマを買ったよ -11- 整備って難しい

その後クルマを大変有効に活用している。いい年をして朝焼けの街を走り抜けたり、夜更けの山にエンジンの咆哮を響かせたりして悦に入っている。クルマの乗り心地は最低だが、これ以上運転する喜びを味あわせてくれるクルマを他に知らない。自分が思った通りに走ってくれる。シャシーがしっかりとしており、エンジンにパワーがあり、タイヤがしっかりと道路をつかみ、ブレーキがものすごく強力で、ハンドルが正確に運転手である私の命令に従う、という“走る、曲がる、止まる”の基本がきちんとできたクルマだからだろう。“駆け抜ける喜び”の日本版を毎日味あわせてもらっている。

このクルマを手に入れるときのテーマは、“零戦みたいな国産車”だったように記憶している。無駄なものがついていない、軽くて小さな、運動能力に優れたクルマ、ということだ。うちのクルマは必ずしも小さくはないが、結果的に私にとって最良の選択であったようだ。軽量化のために防音のための部材を大幅に廃してあり、足回りを強力に固めたうえに、病的と言っていいほど固いタイヤを履いているためか、野山を駆け回って喜んでいると、エンジンの“叫び“をはじめとして、車内に様々な音が響き渡る。エンジンを回すと、窓のガラスが共鳴してビリビリと震えることも珍しくない(これはちょっとビンボくさい)。エンジンの歌声など、走行に伴う様々な“音“を全身で楽しみながら数百キロ走り回って楽しんだあとは、さすがにクルマがバラバラになってしまったような錯覚に陥る。しかしそんな時でも、クルマをおりてしげしげと車体を見回してみると、ボディに傷一ついていない。奇跡としか思えない。ともあれ、いい年をして恥ずかしいのだが、とっても楽しいクルマ時間を過ごさせてもらっている。つらく体にこたえる遠距離通勤も、このクルマで走り抜ければお楽しみの時間に早変わりだ。幅寄してくる大型トラックや、行く手を阻む酔っ払い運転からは十分な距離をとって、朝晩の快適な移動を楽しんでいる。ちょっとお金かかるけどね。

クルマをクルマらしく走らせると必要になってくるのが点検・整備だろう。残念ながら細部にこだわりまくるオタクな私は、ディーラーにクルマの整備をお願いして、納得のいく対応をしてもらったことがあまりない。整備から帰ってくるクルマは、ハンドルがオイルまみれになっていたり、ドアに傷が入っていたり。某M社の車に乗っていた時などはリコール隠しにあい、“おかしい“と感じて質問攻めにしたら逆切れされて、怒鳴り合いになったっけ。このクルマを買ってからも同じようなことの繰り返しで - まあ正直私の要求水準が高すぎるのだと思うが- 納得のいく整備をしてもらえたことはほとんどなかった。だからディーラーに出向くときはいつもものすごく憂鬱だ。自分でできる整備は自分でやった方が間違になくいい。

最近出会ったディーラーの某メカニックと二度目の連絡を取り、電話で整備の内容をざっと相談した上で整備に赴いた。彼と挨拶をし、近況などを話し合った後、彼は突然むっつりと黙って、何も言わずにクルマの方に足を運んだ。仕方がないので私は彼についていった。そしてそのまま寒空の下、最後まで彼につきあった。彼は丁寧に私のクルマをジャッキアップし、その後ゆっくりとフィルターとオイルを交換。彼の愛車と同じクルマなので、手慣れたものだ。フィルターの取り付け位置などの関係で、少々トリッキーな整備が要求されるのだが、見ていて不安になることは皆無だった。その後何もお願いしていないのに車全体を(私が望むようなやりかたで)丁寧に洗ってくれ、このクルマによくあるトラブルなどもちょいちょいと手直ししてくれた。口数は少なくかつ口下手ではあるが、私の好みと希望を十分に理解して、適切かつ丁寧に対応してくれた。本当にありがたかった。その後の接客はぎこちないものだったが、“困ったらいつでもどうぞ”と口数少なく私を送り出してくれた。他人に自分のクルマを任せて不安を覚えなかったのは初めてかもしれない。彼はこのクルマのことなら、間違いなく私よりよく知っている。信頼するに足る、お金を払う価値のある整備だったと思う。私の場合、営業の人を介さずに、実際の仕事に精通している人の、直接顔の見える整備をお願いするのがいいようだ。

今までお世話になった整備工場で、整備のやりかたが気に入らず、“もっとお金がかかってもいいから○○してくれ”、とお願いしてその場の雰囲気が極めて悪くなったことが何度かある。だから満足のいく整備をしたいのなら、道具と情報を仕入れて自分でやるしかない、と思いこんでいた。しかし世間は広い。私以上のオタクはいくらだっているものだ。オタクの心はオタクにしかわからない。彼に出会ってから確信の度合いを深めている。しかしそういう人に出会うためには運と努力が必要だ。私はクルマを乗り換えることを決意しつつ、血眼になってクルマの話が通じるメカニックを探してものすごく努力した。以前にも書いたが、努力はたまには報われるものだ。今回は珍しく、私の努力が実を結んだ。これで暫くの間、このクルマと過ごす時間を心から楽しむことが出来るだろう。ありがたいことだ。

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