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2018/5 鎌倉 千華庵 [日本蕎麦]

2018/5 鎌倉 千華庵 ざる蕎麦 大盛り    税抜き1300エン位?
       天青 千峰 朝搾り       税抜き980エン


Chihana Ann.jpgこちらは鎌倉の人気店らしい。何といってもロケーションがいい。鎌倉のスーパースター源頼朝のお墓にほど近い民家を改造したお店なのだ。なので建物そのものに期待しても報われることは無いが、お蕎麦そのものはかなりのレベルだった。手短かに報告したい。

これまで何度かこのお店の前を通りがかったが、いつも満席で何人か待っている方たちが。ポリシーとして並んでまでお蕎麦を食べようとは思わないので、今までこのお店のお蕎麦を楽しむ機会に恵まれなかった。しかし最近は朝方、空いている鎌倉を訪れることが多いためか、今日はたまたま席が空いていたようだ。さて。

お店は真っ白な建売住宅を改装したようなつくりで、なんだか海の家のようになっている部分もある。しかし建物内部は標準的なお蕎麦屋さん的な構造となっているため、そのあたりに席をとった。私的にはそうでないと落ち着かない。店内の清掃はあまり行き届いていない印象であったが、まあ許容範囲か。しかしまあ、事前に予想した通り店内にはJazzが流れていたのには笑った。誰が始めたんだ蕎麦屋Jazz。できれば別々に楽しみたい私なのだがまあそれはいいだろう。とにかく蕎麦だ。オレは蕎麦を喰いに来たのだ。早速いつものようにざるのおおもりをお願いした。日本酒のメニューを眺めると、湘南で醸されている銘酒、天青があるではないか。反射的に後先考えずに、そいつもお願いしてしまった。

天青と一緒にいかの塩辛が供されたことは嬉しかった。だってここは海からほど近い土地なんだぜ?塩辛をなめ、生臭くなった唇を天青で流す、、、あっという間に全て飲み干してしまいそうだ。鎌倉、蕎麦、天青。私的には最高の組み合わせであり、3つがそろえばとりあえずは幸せだ。まったりとした昼前の鎌倉時間を楽しんだ。お手軽な天国だ。

さて、ほどなく供されたお蕎麦は、丸いざるに乗せられており、蕎麦は細く、星はほとんど目立たず、エッジがきりりと立っている。十割蕎麦なのだというが本当か?蕎麦つゆはありがたいことに徳利で。小皿にはさらし葱、生山葵の定番の薬味に加えて八つに切られたスダチが乗っている。なかなか美しいビジュアルだ。さてさてと、蕎麦から取り掛かることにしよう。

お箸は先がとがった木の洗い箸で、この手のお蕎麦の場合によくあるパターンだ。蕎麦を数本手繰ってみると、コキコキとした歯触り、意識せずともプンと薫る甘い穀物の薫り。のどこしも悪くない。再び数本手繰りよせ、こんどはお鼻クンクンの儀式だ。おお、スバラシイお蕎麦の薫りよ。確かにこれは十割蕎麦だ。丁寧な仕事がしてあるし、もりの大きさだって、いわゆる銘店盛りと比べて二割増しだ。悪くないでしょう?さて、それでは蕎麦つゆはっと。すすってみると、かなり辛い。しかしこいつはかなり旨いぞ。再び蕎麦猪口に移してじっくりと味わってみると、まとまりも薫りもスバラシイ。リファレンスにしている神田まつやの蕎麦つゆと比べて全体にやや濃いめ、甘さはわずかに強め、出汁感もやはり強めだ。いわゆる江戸前の蕎麦つゆにかなりオーバーラップする味わいだ。徳利にわずかしか入れられてないことだけが恨めしい。薬味を全てお酒のつまみとして楽しみつつ、蕎麦を2割ほど蕎麦つゆにくぐらせることを決めた。しかしこのお蕎麦そのものもいいつまみになるなあ。何はともあれ、あとは無念無想の蕎麦時間に突入するのみ。先のとがっているお箸を操り、あっという間にざるの上の繊細なお蕎麦を手繰り終えた。その後供された蕎麦湯はやはり別仕立てであり、いわゆるポタージュ状というカテゴリーに属するものだった。


観光客相手に設定された値段は感心しないが、それ以外は文句のつけようのないお蕎麦だった。天青もおいしかったなあ、、、。ごちそうさまでした。また足を運びたいけれど混んでいるからなあ、、、。








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室町 砂場 おおもり 850円 [日本蕎麦]

室町 砂場 おおもり 850円

ようやく砂場にうかがうことができた。単純にうれしい。人の少ないオフィス街、街ゆくオネイサンの様子も銀座や新宿とはずいぶん違うようで、基本は仕事モード。服装も雰囲気も地味ではあるが、それでもなんだか魅力的な人が多かったような気がする、、、。それはともかく、砂場である。

先日お店の前まで足を運んでいたので、お店の場所は脳裏に刻み込まれていた。ちょっと高そうに見える暖簾を0.1秒の迷いもてらいもなくくぐってお店へ。蕎麦をくれ蕎麦蕎麦蕎麦、、、と私の瞳は訴えていたはずだ。“いらっしゃいーーー“と、若いオネイサンが恥ずかしそうに迎えてくれた。このお店は入店コール有りなのかどうなのか?ちょっとわからずじまいだ。多分ないのだろう。ここは藪ではないのだから。まあそれはいい。席に案内されて腰を落ち着けると、例によって冷酒と大もりを即座にお願いした。都心の一等地、自社ビル?の一階というロケーションなのだが、しっかりと和風の庭がしつらえてあり、運よく窓際に陣取ることができれば気分のよい時間を過ごすことができる。天井は高く、和風の複数の照明が暗めに設定されている。小上がりもあり、テーブルはものすごく小さいのだが木肌をいかした焼きを入れたような仕上げになっており、いい感じだ。何より清潔感があるのが気に入った。大人っぽい雰囲気の中で、平均年齢高めのお客さんたちが静かにお蕎麦をすすっている。さっそく参加させていただこう。

冷酒は菊正。木の丸い袴をはいた、白い清潔な印象を与える徳利と縦に長いおちょこ。蕎麦味噌ではなくなんだか梅干し風味のペーストがついてきた。味わってみるとなかなかいい。どんどん菊正を空けてゆく。そうすると、お蕎麦の登場前に、蕎麦猪口に少量入った蕎麦つゆと、小皿に乗った薬味が運ばれた。ごく少量の生山葵とあえて水で晒していないという葱(深谷葱だったっけ?)だ。蕎麦つゆを期待でにこにこしながらすすってみる、、、、。うん、、、なるほどー。神田まつやよりも甘さ控えめ、からさやや強めで、さらに“上のほう”の味が切り取ったように少なく、“下のほう”の味がしっかりとしている。後味に大人っぽい苦みを感じさせる、かっこいい蕎麦つゆだ。ボディーががっしりしているというか。

どんどん菊正を呑んでいると、徳利が空になる前にお蕎麦が供された。せいろに乗った少量のお蕎麦。やっぱり銘店盛りというやつだ。中細であまりエッジが立っていない、星が目立たないお蕎麦。機械切りのようにお見受けした。こいつをまずお鼻ぺったりクンクンしてみると、ほのかーにお蕎麦の薫り。穀物ビンビンというわけではなく、なんというか手元で伸びるような薫りだった。数本手繰ってみると、おそらく氷水で〆ているのだろう、ちょっと冷たすぎるような。歯切れもコックリとしており、すこし潔よすぎる感じで、味わいもさっぱりめとなってしまっている。少し残念かな?ムチュムチュ感が足りないというか。氷水使って気合入りすぎだったのだろう。職人さんのやる気と気合は前向きに評価したい。温度が上がるまで呑みながら少し待つかな?とも考えたが、おなかがすいていたのでどんどん蕎麦つゆとのハーモニーを試してみることとなった。これはきっちりと掛け算になっており、味の世界がお口の中で3Dで広がる感じ。お蕎麦の温度が高めであれば、さらに素晴らしいものとなるのだろうと思った。とりあえず間違いなくおいしい、というかうまいよ、これ。

そんなこんなで数分ですべてのお蕎麦を食べきってしまい、残念ながら少量のみ供された蕎麦湯をすぐにのみ終えて、やや物足りない気持ちでお店をあとにした。清潔感のある、素晴らしいお店でした。足元を磨きこんだりしていただければ最高だ。

良い;都心の一等地で、良心的な価格で一流の江戸そばを楽しめる。お店に清潔感と何とも言えない雰囲気があって素晴らしい。
もっと良くなる;このままでいいです。砂場の特色を失なわないで。
また行く?;Yes
総評; 泣く子も黙る、江戸三大蕎麦の一翼を担う砂場のエース(ルーツは大阪だと思うが)。伝統っていうやつは扱いずらいこともあるが、お蕎麦に関しては本当に大したものだ。老舗はほぼすべて素晴らしい。
トイレ;未使用 しかし清潔である可能性高し。
駐車場;電車で行ってください。未確認です。


2017/8 再訪 おおもり 850円

おかげさまで室町砂場を再訪させていただく機会に恵まれた。私はこのところ、正直けっこう疲れている。どこか遠いところに行こうと新幹線の切符を買うことも考えたのだが、結局さほど遠くない砂場に足を運ばせていただいた。土曜日の午後、店内は疲れた?オジサンたちで満たされていたようだ。しかしよく見てみると元気なおじいさんたちも活躍しているようだ。おじいさんたちはにこにことよくしゃべる。長生きしそうだ。羨んでも仕方がない。わたしはわたしで菊正を室温で。突き出しは小皿にしつらえられたコンニャクとからしみそ。お店の脇の小さな日本庭園を眺めながらゆるゆると緊張を解いていく。

お酒をもう一本追加したころに卵焼きだ。結構大きく厚さもたっぷり、出汁の聞いた甘辛の卵焼きで、内部には鳥そぼろ?のようなものが仕込んである。一部に熱狂的なファンがいると聞く。大根おろしに醤油が添えられ、知ってはいるがいつもながら最高のお酒のツマだ。幸せに二本目のお銚子を空ける。

さあ、名残惜しいがそろそろお蕎麦の時間だ。お蕎麦屋さんに長尻は美しくない。淡々といつものおおもりをお願いした。例によってまずさらし葱と生山葵が小皿に。きちんと吟味されており、品質にほとんど揺れがない。薬味はそれだけでおいしい。もっと呑みたくなるが我慢する。傍らを眺めれば、蕎麦猪口に半分くらいの真黒な蕎麦つゆ。いつもここに伺うと思うのだが、蕎麦つゆそのもので考えれば、日本中でここの蕎麦つゆが最もバランスが取れているのではないだろうか?それはともかく、その後しずしずとせいろに乗せられたお蕎麦が供された。おおもりと言ってもいわゆる銘店盛りだ。エッジが立った中細で、星が目立たない機械打ちと思われる、長めのお蕎麦を賞味させていただく。今日のお蕎麦は鮮烈な穀物の薫りをたたえている!スバラシイ。多分これまでで最高だ。歯触り、喉越しもいつも通り模範的。今日はお蕎麦の半分くらいを蕎麦つゆにくぐらせることにして、あっという間にお蕎麦を手繰り終わる。文句なしだ。掛け値なしのゆで汁であろうと思われる蕎麦湯も、ゆっくりたっぷりと楽しませていただいた。満足。ごちそうさまでした。お蕎麦屋さんがあってよかった。オジサンに残された、数少ない大切な居場所なのだ。遠くまで足を運ばなくったって芯からまったりできるさ。


2018/2 再訪   大ざる 950エン
       菊正 特選 750エン

本日は大変混雑しており、10分ほど並ぶことになった。お蕎麦屋さんに並んで入るのは何か間違っているような気がしてめったにしないのだが、今日は特別だ。砂場で蕎麦を手繰ろうと決めてしまったのだ。ひょっとすると人生初めての“並び蕎麦”かもしれない。店内に入ってみると、並んでいる人たちを尻目に長っ尻を決め込んでいる人たちもいて、美しくないな、と個人的には感じた。

オヤジと(私も十分オヤジだが)相席であったが気にせずテーブルに陣取る。お庭が見えないので間が持たない。仕方なく菊正をすすることに。今日の突き出しは湯葉だ。ついているのかもしれない。一緒に出された薬味や蕎麦ツユも少しだけ楽しみながら、ゆっくりと菊正をすすって蕎麦を待つ。しかしここの薬味はなかなか洗練されていて、輪切りの葱にはわずかな甘みがあり、丁寧におろされた生山葵もそれにバッチリと合うので、これで十分にお酒が呑めてしまう。しかし今日は一合で十分だ。

暫くして供された更科蕎麦は(あ、だから値段が違うのか)、大もりだがいわゆる“銘店もり”。個人的にはこの四倍くらいは楽しませていただきたいものだと思う。ともあれお蕎麦時間だ。エッジが立った、中細で真っ白な蕎麦から穀物特有の甘い薫りが漂ってくるのはいつもながら不思議な感じ。機械で切っているためか、お蕎麦が長―いのがちょっと気になる。しかし当たり前だが上々の出来。横綱相撲という言葉を思い出す。蕎麦つゆはいつものように、焦げたような独特の深い味わい。甘みが強いのは蕎麦に合わせてあるのか?蕎麦に合わせて蕎麦ツユも変えているのであればスバラシイ。今度検証してみよう。ともあれ、お蕎麦も蕎麦ツユもそれなりに気に入り、無我夢中の蕎麦時間に突入だ、、、それであっという間に終了した。

湯桶に入れて出された蕎麦湯はなかなかおいしかったが、量がすくなく生ぬるかったのが残念だった。客を早く帰したいのか?たまたま今日だけの出来事であることを祈っている。ともあれ、今日もおいしい蕎麦をありがとうございました。



2018/5 再訪   大ざる 950エン
       菊正 特選 750エン

しまった、なにも考えずにざるをおねがいしてしまった。これは更科なので、今の私が欲しいものではない、もりにすべきだったのだが、、、まあいいや、おいしければ。菊正をお願いしてゆっくりと楽しみながらざるの到着を待った。たまに蕎麦つゆをすすったり、薬味の葱をかじったり。周りを眺めてみると、客層はいつも通り、驚くべき年齢層の高さでグッと落ち着いている。元気なおばあちゃんが大声で焼酎を頼んでいるのが印象的だった。さてさて、やがて供された大ざるは、例によってまあるいせいろに銘店盛り、氷水できっちりと〆られた、丁寧に調理されたきれいなお蕎麦だ。数本手繰っていつも通りのクオリティをきっちりと確認し、あとはいつもの蕎麦時間に没入だ。あっという間に終了し、湯桶で供された蕎麦湯をゆっくりと飲み干し、お茶までしっかりと楽しんでお店を後にした。今日もおいしい蕎麦をありがとうございました。

徒然FD2 2018/5‐1 [クルマ]

徒然FD2 2018/5‐1

今日も元気にVTECを効かせながらの通勤だ。ドライブにはいい季節になってきたので、窓を全開にしてオープン気分を楽しみながら通勤をエンタテイメントとして楽しんでいる。今朝のように、スタートダッシュで勝負を挑んでくるYamahaの大きなバイクなどと戯れたりするのも悪くない。ただし制限速度内限定でね(大切)。

このところ、大きなトラックが群れを成すようにして走る道を使わざるを得ない状況が続いているのだが、トラックが弾き飛ばす飛び石には閉口している。しかし気温が大きく変化して飛び石が生じやすい朝方などに、泥除けを付けていないトラックの後ろにつくことを徹底的に避ければこの問題は多くの場合回避できる。一方で、自分一人がどんなに工夫しても避けようのない問題もある。個人的に最近最も迷惑しているのは、後ろから私のクルマをあおってくる大きなトラックだ。彼らはほとんどの場合、運転がごく上手だと思う。その分、周りを走っている一般ドライバーに優しくしてくれればいいのだが、 -実際にはそういったトラックドライバーが大多数と思われるのだが-  そうでない人たちも残念ながら少なくはないようだ。このあいだもこんなことがあった。

例によって都会の道路を流れに乗って機嫌よく流していると、後ろからものすごいスピードでトラックが走ってきた。不穏な空気を感じて車線を譲ろうとするが、そこは都会の道路のこと、おいそれと車線変更はできない。前のクルマだって詰まっているのでトラックに追いつかれてしまう。トラックはわがFD2の後ろにぴたりと車を付けてアクセルをふかしたり戻したり尺取虫のような動作を繰り返す。それでも隣の車線に空きがなければ、道を開けようがないではないか。そんなことわかっている筈だ。運が悪いことに、この先間もない交差点の信号は赤だ。嫌な予感。前の車と意識的に少し距離を開けてゆっくりとポンピングブレーキを使って後ろのトラックにアピールしながら停車。するとトラックドライバーはバックミラーの中でにやにやと笑いながらFD2ぎりぎりまでトラックをとばしてからギューッと急ブレーキ!大きな車体を前後に揺らしてストップ。その後プシュプシュと排気ブレーキの音を何度も聞かせながらFD2の後ろ“ビタビタ”までトラックを近づけてくる。ゆるゆると逃げる私。プシュプシュと近づいてくるトラック、、、これが何度か繰り返される。今のところ傷一つないFD2のリヤバンパーをトラックのごついバンパーでつぶされないかヒヤヒヤする。わざとか?そうなのか?前のクルマぎりぎりまでFD2を進めるころに、ようやく信号が青になって難を逃れる、、、。トラックには退屈しのぎの面白い遊びかもしれないが、こちらは生きた心地がしなかった。

重くて大きなトラックがぶつかれば、FD2などひとたまりもない。ぐしゃりとつぶれて、ピンポン玉のように弾き飛ばされることだろう。後ろから見れば、私が道を譲ろうとしていることも、譲ろうにも隣の車線が空いていないこともわかるだろうに。“ストレスがたまっているんだろうな”と想像したりして、他人に優しくなるよう努力はするのだが、こんなことが繰り返されるとさすがに嫌になってしまう。仕方がないので、自衛のためにドラレコの装着なども考えたりしている。

ちょっとイライラしている最近の私なのだった。

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USACG Jazzy Telecaster Update [音楽]

USACG Jazzy Telecaster Update


Jazzy Tele.jpg
多忙な毎日が続いているが、時間が許すかぎりこいつを愛でている。素晴らしい楽器に育っているのだが、問題がないわけではない。その一つがブリッジのコマの高さだ。おそらくボディとネックを購入してから数年間、組まずに放置しておいたのが悪いと思われるのだが、ネックポケットの木が僅かに動いてしまったようで、ネックの仕込みの角度が微妙に安定しないのだ。トラスロッドを使って何とか収束させてはいるのだが、本質的な問題の解決には至っていない。とくに高音弦などは、ブリッジのコマをぎりぎりまで下げる必要があるので、理想的な弦高を追求することができないのが悔しい。結局E弦の高さに合わせて他の全ての弦の高さを合わせることになってしまう。解決するためにはネックの仕込みの角度を調整する必要があるのだが、普通に考えればシムを使うことになるだろう。しかしわたしはこれが嫌いで、、、。ルーターでネックポケットを削りなおしてもいいのだが、角度の設定がものすごく難しいし、失敗したらリカバリーが大変だ。


Sim.jpg
そこで私が使ったのはこいつだ。おなじみStewMacのネックシム。これは薄いメイプルの板に正確な角度をつけて削ってあり、ネックポケット全体でネックに接触するため、普通のシムを使ったときにはある程度避けられないネックの高音部の変形は理論上生じないし、トーンが損なわれたりすることもないと謳われている。確かに紙などを挟み込むよりは合理的だし、こいつを使えば角度の調整も容易で、何度でもやり直しがきく。そうではあるが、ペラペラのメイプルが1枚800円弱というのはやはりoverpricingと言わざるを得ない。しかし背に腹は代えられないので、高いお金を払って(その他もろもろのお楽しみグッズと一緒に)輸入することにした。

、、、送ってもらうのにずいぶん時間がかかったけれど、ようやく3枚のシムが手に入った。おのおの、0.25、0.5、1度の角度をつけるように調整された、実に薄っぺらいぺらぺらのメイプル板だ。まずは0.5度のものから試してみる。ほとんどの場合これで何とかなる、という記載があったため、最初は0.5度を選んでみたのだ。ネックを外して、ポケットにこいつを挟み込んで、、、慎重にネックをインストール。ネックが僅かにネックポケットから浮いた感じになっているのは気に入らないが、おお、いい感じに角度がついているぞ。喜び勇んで弦を張り直して調弦。しかし角度が大きいためか弦がサチッてしまう。まあこれは想定内なので、コマの高さを少しずつ上げて対応する。しかし結局コマの高さを上げてもあげても、楽器として機能するような状態にはならないことが分かった。面倒くさいが0.25度のものに差し替えるしかなさそうだ。そうかオレの楽器は”ほとんどの場合”ではないのね。つまりネックポケットの角度がそれなりにきちんと出ているということなのだろう。仕方がない。ふたたびネックを外してシムを差し換えて、、、。おお、これでよさそうだ。なんとかなりそうだ。

大体の弦高を出してチューニング。弾いてみた感じは全く別の楽器だ。当たり前だがなんとなくGibson系の楽器を弾いているような感じ。僅かなネックの仕込み角度の違いだけで、こんなに鳴り方が変わるなんて驚きだ。明らかに弦の振動が変わり、振動がよりよくボディに伝わるような印象を受けた。いい悪いというよりは、好みの問題かな。よしよし、ともかく自分的には悪くないぞ。調整したコマの高さは理想的だ。テレキャスの場合、コマの材質や太さは直接的に音質に直結するため、選択は慎重にしなければならない(ベースプレートの厚さ、材質、装着方法についても同様なのだがここでは扱わない)。私が愛用しているGotohのオクターブが大体合うようになっているコマの場合、断面は円なのだが、その径が結構太いので、ネックの仕込みの角度によっては弦高をあまり下げられない仕様となっている。今回私がとった方法とは全く別のアプローチとして、コマを細いものに代える方法もあるのだが、そうすると私の好みではない方向に音が変わってしまうことを確認している。太いコマの二つのE弦の下部を削り込んで弦高を下げられるように工夫してある製品もあるにはあるのだが(この説明でわかっていただけるだろうか?Joe Bardenの製品が代表的)、私はなんだかこのアプローチも気に入らなかった。コマの下部を削ってまでしたコマの高さを下げてしまうと、弦とコマが接触する面積が減り、角度も浅くなって、やはり好ましくない方向に音が変わってしまうのだ。やってみればすぐわかることなのだが。なので私の場合、ネックの仕込み角度を調整することにしたわけだ。そんなこんなでうんちくを一人傾けながら、だらだらと諸々の調整を楽しんだ。

知っている人はアタリマエのように知っていることではあるが、ギターは本当に不安定な楽器で、弦のゲージを代えたり、ネックの仕込み角度を変えたりすれば、ネックがかなり動いてしばらく落ち着かない。なので1週間ほどこの楽器を放置して落ち着くのを待った。それからStewMacのマニュアル本に載っている方法に則って、まずネックを可能な限りまっすぐにし、その後ブリッジのコマの高さを調整、最後にナットの溝をわずかに調整してセットアップを終了とした。今後、この楽器に細めのフラットワウンド弦を張ることができるかどうか、試みるつもりでいる。

今のところ、加工に失敗して木部に修正を加えたこと、購入当初からエボニー指板のサイドにわずかな欠けがあることなど以外は、私から見てほぼ完璧な楽器だ。問題と言えば重さくらいなのだが、こればかりはいまさらいかんともしがたい。自家製のPowerUpしたChamp(をモディファイしたアンプ)を通してGibson57Classic(自分的にはBestなハムバッカー)から紡ぎだされるフロントPUの音は、なんとも言えない甘く深くふくよかな味わいだ。とりあえずエレキに関しては、これ以上何も必要ないな、と、今日も拙宅で幸せをかみしめる私なのだった。

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市川 三久庵 [日本蕎麦]

10月某日
市川 三久庵 せいろ おおもり 800円

子供のころによくお世話になっていたお蕎麦屋さん。新しくなったと聞いて、大人になってからあらためて食べに行ってみた。一言で言うと”可もなく不可もなく”。しかし昔より少々レベルアップしているようだ。一見江戸前風、しかし恐らく手打ちではない。つなぎ多め。つゆは薄めかつ甘めかつ多め。どぼどぼ?葱は水にさらしてあるが、なんだか香りも味も飛んでしまっている。わさびは練りわさび。トイレの前の席に座らせるのはやめてほしい。何度か伺ってみたが酒の品ぞろえは悪くないものの、お酒自体はやや傷んでしまっているようだ。ここで日本酒を呑む人は少ないのだろう。しかしそれでもこれからもたまに行かせていただくつもりだ。可愛いお姉さんたちがサーブしてくれるのだが、いつもトイレの前に座らされるのは嫌われているのかも。一人の客は歓迎されないのか?

良い;新しく清潔な店内 家庭的な雰囲気 それなりに上質なお蕎麦とお料理
もっと良くなる;トイレ問題を何とかしていただけると嬉しいです
また行く?;Yes
総括;地元の人たちのためのお蕎麦屋さん。多分出前もやっている。子供のときに食べていたお蕎麦よりかなり進歩している印象。お蕎麦を手繰れば昔のなつかしい記憶が呼び起こされる。好きも嫌いも無い。私にとってはただただ受け入れて味あわせていただくだけのお蕎麦屋さんだ。今の清潔感を何時までも維持して欲しい。よろしくお願いしたい。


2015年3月 せいろ おおもり 800円

他店に振られて再訪。山の上の有名店を除き、市川近辺にはあまりお蕎麦の銘店がないようだ。お隣の八幡にはちらほらあるのだが。しかし今日は市川で何とかしたいのだ。それで久しぶりに入店。暖簾をくぐると、店内は変わらず清潔で、感じが好い。おねいさんたちも清潔感を醸し出すのに一役買っている感じ。しかしトイレ問題は前回通り。さほど待たされることなくお蕎麦が到着。お蕎麦に星が沢山ちりばめられており、外見がすこし変わったような気がしたが、食べてみると前回とおなじだ。それが悪いとは思わないが、なんというか、ファミレスっぽい感じがする。蕎麦つゆも同じだ。文句はまったくないが、もう少し突っ込みが欲しいというかパンチが欲しいというか。足を運びやすい店なので、もう少しだけ頑張っていただけると大変ありがたい。よろしくお願いしたい。一人で勝手に期待しています。


2015年12月 せいろ おおもり 800円


他店に振られて再訪。山葵は少量だが生になっているぞ!驚くべきことだが本当だ。お蕎麦は量こそ減っているものの、星が大目に舞っている。機械で打って切ったものだと思うが文句はない。適切にゆでて誠実に〆てあり、つなぎの薫りメインではあるが、遠くのほうでしっかりとお蕎麦の薫りも。蕎麦つゆは変わらずちょっと残念。蕎麦湯を楽しむためには蕎麦つゆを飲み干す必要があるのも個人的には困っている。でもこの調子で頑張ってね。トイレは気になるが、お店の中は清潔病の私でも快適に過ごせるレベルではある。また足を運んでみようと思う。やっぱり少しだけ期待してしまう。


2016年6月  せいろ おおもり 800円

今日の晩御飯は一人市川で済ませなければいけないことになった。そうとなればやっぱりお蕎麦だろう。それで安田に足を運んだのだが席がないといわれた。ならば残された道は三久庵しかない。ちょっと癪だが足を運んでみた。

お店はほとんど貸し切り状態であり、調理場の中をのぞきながらお蕎麦を待たせていただいた。ご亭主は大きな釜で湯を沸かしている様子で、一気にお蕎麦を茹で上げる。何度も指で茹で具合を確認し、茹であがったとみると大ざるでアツアツのお蕎麦を受け、すぐに水につけて洗う。最後の仕上げに井戸水?のようなものをかけ、その後お蕎麦の水をよく切ってせいろに。

同時に供されたさらし葱は多めでありがたかったがややくたびれている。同じお皿で供された山葵は生だと判じられ、なかなかおいしい。量も適切だ。自分的にはちょうどいい。お蕎麦の茹で加減は適切であったが、いつもながらつなぎの薫りがやや強いか。機械打ち機械切り、エッジがやや丸い感じの中くらいの太さのお蕎麦であった。

蕎麦つゆは蕎麦猪口にたっぷりと入れられており、薬味の小皿を乗せて出すスタイル。蕎麦つゆはほどほどにカツヲを利かせたやや薄めのタイプ。お蕎麦との組み合わせ的には、どっぷりと漬け込む必要があるようだ。食べ終わる直前、いいタイミングで供された蕎麦湯は、別仕立てではないナチュラルなタイプだった。

不満がないわけではないが、良心的なお蕎麦を楽しませていただき、満足してお店を後にした。お値段を考えれば十二分に満足だ、、、。お店の清潔感はいまだ保たれており、トイレの件を別にすれば全く不満がない。この清潔感を維持していただきたい。よろしくお願いしたい。


2016年10月
市川 三久庵 せいろ おおもり 800円

市川で食事をする必要があり、再訪。久しぶりだったのだが、真剣にこちらのお蕎麦と向き合ってみた。だっていわゆる銘店でも地方のお店でも、おおもりはだいたいこの値段だということが分かってきたので、同じまな板の上に乗せてもいい筈だ。夜の部に入る頃合いを見計らって暖簾をくぐった。“いらっしゃいませー”女の子の声だ。

店内はすいており、バイトと思われる若い女性がお世話してくれた。蕎麦茶と紙のおしぼりが供される。例によってトイレから近いことが気になるが、意識から追い出すことに成功。静かな店内でお蕎麦が供されるのをゆったりと待つ。店内は清潔感が維持されており、清潔病の私には好ましい環境だ。ほどなく供されたお蕎麦は丁寧に水切りされており、お盆なしに直接まあるいざるに乗って出てくるのだが、テーブルにお水が滴ることはほとんどない。頑張っているのね。中太で機械打ち機械切りと思われる、エッジがやや丸まったお蕎麦。お鼻ペッタリクンクン方式で評価すると、二八よりも少しつなぎが多いように思われる。星が少量散っているのもいつも通り。鮮烈な小麦粉の薫りの遠くに、かすかにお蕎麦の薫りが漂っている印象。新蕎麦だから?もうすこし蕎麦ソバしていてほしい、というのが正直な感想だ。しかし数本そのまま手繰ってみると、喉越し良く、蕎麦を手繰る“快”は、損なわれていないようだ。きちんとおいしいお蕎麦だった。蕎麦つゆを改めて少量すすってみる。全体に薄め。醤油、味醂系の甘さ、出汁の三角で表現すると、甘さと醤油の印象が強い蕎麦つゆだ。全体のまとまりは悪くない、万人向きの蕎麦つゆと言えそう。お蕎麦も蕎麦つゆも、まったりとして、やや緩めな感じ。東京にほど近い田舎、という印象を与える市川の気分や雰囲気を反映している?醤油と味醂系の甘さをすこし引っ込めて、その分カツヲ系の出汁を強く出して全体に濃く、さらに少し寝かせたりすれば、かなりいい感じの蕎麦つゆになるのではないか。偉そうにスミマセン。

この蕎麦つゆが蕎麦猪口にたっぷりと注がれて、 薬味の小皿が乗せられたスタイルで供される。血圧を気にして蕎麦つゆを全て飲み干したくない私には、苦手なやり方だ。まあそれはいい。人それぞれなんだから。薬味のさらし葱はやや水にさらしすぎかもしれないがきちんとしており、山葵は生のように思われた。もう少し、私の場合は少なめでもOKだ。

お蕎麦とそばつゆのバランスを考えると、お蕎麦は8割方蕎麦つゆをくぐらせると丁度よい。手繰ってみるとつるつるではなくずるずるになってしまうが、この際仕方がない。つなぎっぽさがやはり気になったが、きちんとおいしく、充実したお蕎麦時間を楽しむことができた。お蕎麦のもりも、おおもりらしく良心的な量だった。お蕎麦と一緒に供された蕎麦湯は、蕎麦つゆが残された蕎麦猪口ではなく、お茶碗に注ぎ(行儀悪くスミマセン)、いつものように三杯楽しんでお店を後にした。

子供のころに食べていたこのお店のお蕎麦と比べて、やはり数段6レベルアップしているのは間違いのないところだ。修正の余地がないトイレ問題はしかたがない。お蕎麦および蕎麦つゆをもうすこしだけBrush Upしていただけないものだろうか。今後の展開を期待しつつ、機会があればまた足を運ばせていただこうと思う。ごちそうさまでした。これからもがんばれ三久庵。

久しぶりに足を運んでから、もう一年たってしまったんだなあ、、、。



2018/5 再訪  せいろ おおもり 800エン
        八海山      700エン

久しぶりに足を運ぶ。花番さんは中年の女性で手慣れた客あしらいだった。お蕎麦はいつも通りのしつらえであり、調理は丁寧。つなぎの薫りがやや強く、どうしてもハナについてしまうこと、蕎麦つゆがお蕎麦と比べてやや弱いことなどもいつも通り。それでも気分よく蕎麦時間を楽しませていただいた。ごちそうさまでした。

西荻窪 鞍馬 箱盛りそば 大もり 1340円 [日本蕎麦]

西荻窪 鞍馬 箱盛りそば 大もり 1340円kurama.jpg

本日はわざわざ西荻窪へ。目的は鞍馬だ。実は他店にふられて鞍馬にお邪魔した。私はお蕎麦だけは、長い時間待ったり、並んだりするのは嫌なのだ。やっぱりご縁がないと。とにかく初鞍馬だ。幸いにしてさほど待つことなく席に着くことが出来た。

待ちながらしげしげと店内を見回す。和風で居心地が良い。テーブルが4-5個と、あとは大きなお一人様用テーブルが一つ。お店の奥にはそばを挽く機械がデンと構えている。まるでお店の主人のような顔をしている。調理場の中には、確認できる範囲で、割と若い男性が二人。年配のオーナーと思われる方はおられなかった。お店はおかみさんと思われる女性がきっちりしきっておられて気持ちがよかった。

お客さんの中には、まだ明るいのに日本酒を気持ちよさそうに”やって”いるお年寄りが複数おられ、非常にうらやましかった。リストを拝見すると、おいしそうなお酒が目白押しでよだれが出そうだ。しかし私はお蕎麦を食べに来たのだ、、、。

それで自分の中ではすでにして非常に有名な、箱盛り蕎麦の大盛りをお願いした。日本茶が供されたが、濃く淹れられたわりには苦味の少ない、薫りもゆたかな、おいしいお茶だった。お蕎麦への期待が高まる。暫く妄想しながら、周りの人たちや建具の様子なんかを眺めながら、楽しくお蕎麦を待った。

床に並べられた石みたいなのは、傷んでいてあまりきれいじゃあないな、とか、電気は和風でいいけれど、ホコリがたまっていて清潔感が足りないな、、、とか。丁度の雰囲気はとても良いが、個人的にはもっときりきりとお掃除をお願いしたいと思った。そうです私は清潔病なんです、、、、。我ながら困ったものだ。また、てんぷら系の種物をオーダーするお客さんたちも多く、お店の中に油の薫りが充満しているのも正直気になった。しかしそれはまあ仕方がない。都会の人気がある小さなお店なのだから。

程なくお蕎麦が供された。おお、これが有名な鞍馬のお蕎麦なのか。塗の四角いお盆に乗っているのは、長方形の私的には非常に有名な、ふたがついた蕎麦を入れた箱、大根おろし、山葵、ネギの薬味が乗った小皿、さらに蕎麦つゆが入った小さな徳利だ。美しい。

箱のふたをあけると、美しいお蕎麦。やや平べったく、角は過度に立っておらず(シャレではないです)、いかにも手打ち、という顔をしており、お蕎麦の幅が微妙に整わない感じも好ましい。星は目立たず二八のようにも見えるのだが、能書きには十割と書いてある、、、、と、このあたりでお蕎麦の薫りにアタマをやられた。個人的にものすごく好きな薫りだ。私のお蕎麦を評価する一つの軸に“栗のような薫り”というのがあるのだが、ここのお蕎麦は間違いなく“栗”を感じさせる。これまでにであったお蕎麦の中で、私のこの個人的な基準を満たすのはこのお店で僅かに3件目だ。ほかの2店は、、、、まあそれは良しとしよう。それでアタマをやられてしまって、お蕎麦をお鼻にぱったりとつけ、クンクンやって幸せになり、そのままお蕎麦をわしわしとほとんど全て食べてしまった。これはおいしい。

“栗の薫り“がするお蕎麦は間違いなくおいしいのだ。それで例によって糸の様に細く切られた輪切りの葱(白髪ねぎではなく、真っ白い部分の輪切りだと思う)、小さくまとめられた大根おろし、それから薫り高く辛さはあまり感じさせない山葵を、つまみのようにして各々楽しんだ。それでようやく蕎麦つゆだ。順番がおかしいがまあ仕方がない。物事には勢いというものがあるのだ。これを徳利から蕎麦猪口に移して味わってみた。醤油や塩気が背景に引っ込んだ、カツヲが前にでた蕎麦つゆだ。ほのかかつ自然で上品な甘みも感じる。手がかかっているのは間違いない。このままどんどんおいしく飲めてしまいそうだ。すごくおいしい。しかしお蕎麦はそれなりに力のある仕上がりなので、合わないかも、と考えた。それで半分ほど蕎麦つゆに浸して、、、、お蕎麦の勝ち。しかしそれ以上お蕎麦を蕎麦つゆに浸す気になれずに結局全てのお蕎麦を食べきってしまった。魔法の様な早食いをしてしまった。

というわけで、アタマがしびれるようないい薫りにやられてあっという間にお蕎麦を食べ終えてしまった私だったのだが、もう一枚、とも考えた。しかしお蕎麦の順番を待って切なそうな顔をしているお年寄りも複数いたので、早々に席を立った。おいしかったがもっと食べたかった。もっと書きたいような気もするのだが、この先何度か足を運んでからにしようと思う。とりあえず鞍馬とのfirst contactは幸福な体験だった。値段もこれなら高くないかな、と思った。

私が入店した時だけならいいのだが、例えばハワイの高級ホテルにいるような感じの複数のご夫婦がテーブルを独占しており、次々に注文を追加して、待っている人たちを完全に無視して長っちりを決め込んでいる。また、おそらくは常連さんと思われるのだが、やはり外はまだ明るいのに、何度もつまみを頼んで長時間テーブルを独占している。これはどうかと思った。お昼のお蕎麦屋さんは、さっと食べて席を立つのが適切であるように感じた。まあ、人それぞれなので、アタマにきたりはしませんけれど。

お蕎麦の食べ具合を見ながら、蕎麦湯が供されたのだが、これがほぼ1リットルはあろうかというくらい、大量だった。これはもう大喜びで、どんどん飲ませていただいたのだが、時間とおなかの具合を考えて、蕎麦猪口に2杯で終わりにせざるを得なかった。残された蕎麦湯に、女々しい心が残った。

徳利から蕎麦猪口に蕎麦つゆを移すと、徳利の構造上、どうしても多少の蕎麦つゆが垂れてしまうことと、お店がいまいち清潔ピカピカではないこと、また、蕎麦湯を呑みきれなかったことがくれぐれも残念だった。またここに伺いたいと強く強く思った。流れているクラシックもなかなかいいと思った。蕎麦つゆの謎を解くまで、折を見て何度か通いたい。まだ私の中での”初鞍馬”は、終わっていないと思った。

良い;誰でも知っている、西荻の本格派お蕎麦屋さん。泣く子も黙る名店、と個人的には認識している。
もっと良くなる;このままでいいかな?徳利の形も変えていただくとなお良いです。お掃除もうすこしだけお願いします。そうです私は清潔病なのです。
また行く?;Yes!
総評;西荻窪の泣く子も黙る名店。あと何回か通わないと、本当のところを理解できないような気がしている。とりあえず、ここのお蕎麦は“うまい”です。スバラシイ。
トイレ;未使用



2016年2月 再訪 箱盛りそば 大もり  1340エン
        

仕事のついでに幸運にも西荻に足を運ぶことができた。当然のように鞍馬にお邪魔した。比較的早い時間だったためか、並ばずにお蕎麦を楽しむことができた。しかも今日はこのまま家に帰ることができる。となれば、呑まない法はないだろう。ということで、お気に入りの田酒をお願いした。上品なガラスの水差しのなかで涼しげに揺れている田酒、素晴らしい。おちょこもずっしりとしたガラスのものだったが、呑み口が薄いのが良かった。のんびりとなめていると、前回同様の箱盛り蕎麦。お蕎麦だけかわいい女の子が出してくれた。個人的にはおかみさんでも十分うれしいのですけれど。それで前回同様、玄蕎麦は違うのだろうけれど、ブレのないお蕎麦を一心不乱に手繰って、今日の鞍馬体験を終えたのであった。今日も素晴らしかった。ごちそうさまでした。今日はたっぷりと湯桶に満たされた蕎麦湯を根性で全部飲み干して、達成感とともにお店を後にしました。満足しました。しかしこのお店のお客さんの平均年齢は驚くほど高い、、、、。オレなんか小僧っこだ。


2017/9 再訪 箱盛りそば おおもり 1340エン

幸いにして鞍馬を再訪することができた。我ながらなんと運のいいことよ。昼さがりに伺ったのだが、例によって年齢相が高いお客さんたちがいい雰囲気を醸し出している。常連と思われる方々は、のんびりと昼酒を楽しんでおられる。私は残念ながら雑用で忙殺されており、午後の予定が詰まっているためよだれを垂らして我慢するしかない。いつものように角盆に清潔な紙がしかれ、小皿に輪切りの繊細なさらし葱、大根おろし、細かくすりおろされた生山葵。その脇には小さな蕎麦猪口と、おそらく蕎麦つゆを供するためにわざわざ作らせた広口の徳利に少量の蕎麦つゆ。これだけでお酒が呑めるのに、、、いや、今日は我慢だ。冷たいお茶を飲みながらじっくりと待つ。しかしあまり混んでいなかったためか、ほどなく箱盛りそばが供された。蓋を開けてみると、見目麗しいきれいなお蕎麦。しかしお蕎麦の薫りは前回よりも控えめな印象。それ以外はぶれを感じさせない、質の高い完成されたお蕎麦だ。特筆すべきは蕎麦つゆだ。今日の蕎麦つゆは、高いレベルに洗練された端正なつゆであり、そのまま全て飲み干したい衝動に駆られて我慢するのがつらかった。神田まつやより薄め、甘さ控えめ、出汁の方向性が違ってカツヲ小魚系以外のものがすこし加えられているようだ。全体のまとまりは大変結構であり、お蕎麦と一緒でなくてもすでに完成された“料理”になっていると感じた。

なんとか自分を律しきって落ち着きを取り戻し、いつものルーチン通りにお蕎麦を楽しむことにした。まずはお蕎麦にお鼻ペッタリして薫りを全身で味わう。もう一度蕎麦つゆをすすってお蕎麦とのバランスを考える。結局半分弱程度お蕎麦をくぐらせることとした。あとは夢中の蕎麦時間で、あっという間にお蕎麦を手繰り終わってしまった。なんのかんの言ってもとてもおいしいお蕎麦だ。薫りがもうすこしだけ強めで、もりがもっと大きければ、注文の付けようがないスバラシイお蕎麦だ。今日もごちそうさまでした。

終わりに近づくにしたがって濃さをましてどろりとしてくる、別仕立てと思われる湯桶
にみたされた蕎麦湯を、夢中で全て飲み干して、満足してお店を後にした私なのだった。ダメだ今日は頭が回らない、、、



2018/5 再訪 箱盛りそば おおもり 1340エン
四季桜        700エン

本日も大変結構でした。しかしお子さんが騒ぎまわり、親御さんがこれを放置しておられたのには閉口。静かに、しかも無心に蕎麦を食べているお子さんはほほえましいのだが、小体なお店なので走り回る子供はどうしようもない。オジサンは退散するしかない。

Kamakura 2018/4-3 [Kamakura]

Kamakura 2018/4-3


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<本日のルート>
釈迦堂切通  工事は進んでいないようだ、残念だ
逗子マリーナ やっぱり海はいいな いい雰囲気
六角の井   住宅街に突然歴史的な井戸
和賀江嶋   ここに置かれた石が欲しいがグッと我慢
住吉城址   どうしてこんな重要な歴史を持つ土地を埋め立て~開発したんだろう、
       残念だ これが本日のメインイベント
住吉隧道   いい味出している
内藤家墓地  すごい、いつ来てもただただ圧倒される お参りさせていただいた
光明寺    若いお坊さんが鐘をついておられた 高倉健さんのお墓にもお参り

タグ:鎌倉
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徒然FD2 2018/4-2 [クルマ]

徒然FD2 2018/4-2

何となくネットの世界をふらふらとしていたら、BMWのサイトが目についた。日本語のサイトは必要な情報を見つけにくいMazeのようなつくりになっている。何らかの隠された意図があるのか?まあそんなことはないだろうけれども。ともあれ、サイトを隅々まで眺めた私は気付いてしまったのだ。320iのMTを新車で買えることに。

BMWの3シリーズは言うまでもないことだがこのクラスのベンチマークであり、大人が4人しっかりと座れるオーソドックスなセダンで、いまだにFRという伝統的な駆動方式を採用している。320iはまさに私の希望を具現化したかのように、パワーが控えめに設定されたいかにも長持ちしそうなエンジンが積まれており(シリンダ数が少ないのは仕方がない)、エンジンパワーより足回りがはるかに勝っており、車幅もぎりぎり1800㍉に収まっている。さらにさらにビールとウインナーとポテトを食べまくって体格のよい(偏見です)ドイツ人たちを包みこむ余裕があるたっぷりとしたシートが備え付けられ、ヘッドクリアランスにだって余裕がある。おお、これだこれだ。これがオレの欲しい車そのものだ。ごめんよFD2、と考える間もなく、値段を完全に無視してこいつを買う気になってしまった。しかもなんと当家の山の神は、乗り心地さえ良ければすぐにでもFD2と置き換えて可、という。アンタの好きな絶滅危惧種のMTのクルマが無くなる前に買っておけ、などと信じられないほどありがたいコメントを添えて。

本当か?こんなに簡単にFD2を降りてしまっていいのだろうか?

しかし残念ながら、“好事魔多し”の例えにあるように、頑張っても解決できない問題が見つかってしまった。日本に入ってくる320iは、どうも南アフリカ製らしいのだ。全ての320iがそうなっているかどうかは調べ切れていないけれど。こいつは困った。私は頑固爺なので、Hondaのスーパーカブなら日本で作ってほしいし、BMWはドイツで、Jeepならアメリカで作った製品が欲しいと考えてしまう。偏見であることは重々承知の上であるし、生産国の方々には大変失礼な考え方だとは思っている。しかし自分に嘘はつけないではないか。やっぱりBMWはドイツ製のものを手に入れたい。できれば使っているパーツもできるだけ本国製のものを使って欲しいとまで思うのだ。Price tagにつけられたゼロの数によらず、自分的にはクルマにはストーリー性というか、“物語”が必要なのだ。


例えばToyotaなら、私から見ると2000GTや86、CrownなんかがToyotaのクルマ全体のイメージを良い方向に引き上げているように思うし、HondaでいえばF1挑戦の歴史とか、S2000、NSXやTypeRなどが、MazdaならやはりロータリーエンジンとかRoadsterなどが、そのメーカーのクルマが全体として漂わせるイメージを向上させているように思われる。さらに偏見爺であるところの私に言わせると、私の脳内イメージは個人的な想像力を燃料としてさらに広がり、三菱であればPajeroやランエボに加えてどうしてもゼロ戦のイメージを重ねてしまうし、Subaruなら同じようにLegacyと中島飛行機になるだろう。Suzukiの場合は、、、終わりがないのでこの辺でやめておくが、私が鈴木会長の長―い眉毛の熱狂的ファンである事だけは書いておきたい。

ちなみに私がFD2を買ったときは、以前にも書いたが、ゼロ戦をイメージしてクルマを探したものだった。Subaruの羊狼のような小さなインプレッサを買おうとして買いそびれ(売れないので作るのをやめたらしい)、ランエボを買おうと三菱のディーラーに足を運んだところ粗末に扱われて断念、独仏英のクルマ会社のディーラーを散々まわっても得るものが何もなく疲れ果て、Mazdaのロドスタは気に入ったものの私の巨体がキャビンに収まらず涙をのみ、Suzukiに足を運んだ際はディーラーの雰囲気がどうにも気に入らず試乗する気になれなかった(ディーラーの方々すみません)。Suzukiと関係が深いチューニングショップにまで足を運んだが、最終的な決断を下すには至らなかった。

最後に自分としては身近に感じているHondaでFD2に出会うことができてやっと幸せになれたわけだが、走ることだけにほとんど全てのコストが割かれており、ComfortとかPrestigeとかはほぼ完全に“シカト”という潔さに惚れ込み、勝手にゼロ戦を感じてシビレタものだ。自分だけのクルマ、走るためだけのクルマとして割り切ることができれば、当時としては最善の選択だったと思う。“自分が何を欲しいのか”、を明確にすることができれば、クルマ選びは単純明快、簡単なものになると思う。その後のディーラーとのお付き合いには苦労したが、それはまた別の話だ。

もう一つ、私は“もの”との付き合い方として、“その国のものがいい”と考え方を基本にしている。つまり、クラシックギターならスペイン製、エレキやアコギならアメリカ製、三味線なら日本製がいい、というやり方だ。この方法に則ってものを手に入れたり付き合ったりすると、長い目で見て気に入った“もの”が手に入り、結果として“もの”が長持ちする、という、“もの”とのいい付き合い方ができることが多いのだ。さらにさらに、“とっつきが悪くても、虚飾を排した基本的な“もの”を手に入れてじっくりと付き合う、というやり方を取ることも多い。

だからクルマを買うのであれば、その起源に近いドイツ製か、大量生産の先鞭をつけたアメリカ製がいいのではないか、そういった国で作られた、基本を押さえた地味なモデルを手に入れて、気長に付き合っていきたい、と考えてしまう。

話が長くなってしまったが、私的には、BMWのイメージはバイエルンの土地柄に直結しているので、やはり母国で作られたクルマでなければ意味がない、と結論付けるしかなく、結果として一度は降りてしまおうとまで考えたFD2への愛着がさらに深まったというわけだ。やはり自分にとってFD2を超えるクルマはなかなかないもんだ。うん。

タグ:FD2
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鎌倉 竹扇  せいろ大盛り 870円 [日本蕎麦]

鎌倉 竹扇  せいろ大盛り 870円

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生まれた場所にごく近い鎌倉に未だに親近感を感じており、疲れてしまうとこのあたりを訪れることが多い。鎌倉で蕎麦、というのはあまり考えたことがないのだが、目についたお蕎麦屋さんに足を運んでみた。観光でにぎわう場所からは少し離れた、鎌倉駅西口の、市役所からほど近い、地元の方々の生活を感じさせる街角に竹扇はある。街のお蕎麦屋さん、という認識で、大変失礼ながら多くを期待せずに暖簾をくぐった。

テーブル数個に小上がりがあり、おばちゃんたちが元気よくはたらいており(Webで確認すると家族経営とのことだが、一族にあんなにたくさんおばちゃんがいるのだろうか?なんかすごいな)、地元の方の生活に溶け込んだお蕎麦屋さんそのものだ。しかしBGMに有線と思われるJazzなどが流れており(年季の入ったオーディオを現役で使っておられる)、ちょっとだけ専門店的な雰囲気も漂っている。ともあれ、私のOrderはいつでもどこでもせいろ大盛りだ。店内は幸いにしてあまり混んでいないのだが、かなり時間をかけてお蕎麦が到着。プラの角盆に四角いせいろ、蕎麦つゆは徳利に入った私が好む形で提供された。小皿にはそっけなく、輪切りのお葱と生山葵。鎌倉は自然が豊富ということもあり、双方ともに鮮度が高いようだ。そのままお酒のつまみにしたい感じ。それでお蕎麦はどうだろうか。中細でエッジが立っており、長―いお蕎麦。調理は手際よく丁寧に行われているようで、ちょうどよい茹で加減。機械打ち機械切りであることはほぼ間違いなく、二八かそれ以下のお蕎麦、、、と思ったが、意外なことに鮮烈なお蕎麦の穀物香が。おお、いい薫りだ。意外と期待できるかも。お鼻ピッタリでしばしお蕎麦の高貴な薫りを楽しませていただく。穀物の甘い薫りが長くは続かず、一瞬で終わってしまうのはナゼ?ちょっと寂しいがまあそれはいい。そのお蕎麦を数本手繰ってみると、歯ごたえ良し、歯切れはもうすこしねっちょり感があってもいいが悪くなく、喉越しも大変結構。十分満足だ。蕎麦つゆは、、、と。海沿いのお蕎麦屋さんは、カツヲがおそらく廉価に入手できるためなのだろう、出汁が強めでちょっとシャバシャバ、濃厚感とまとまり感に欠ける、といった漠然とした印象があるのだが、ここの蕎麦つゆはどうだろうか。セオリー通り出汁は強め、お醤油の発酵感と濃厚感はやはりやや薄め、甘みは少な目、まとまりは弱め、といった感じで、やはり“海岸沿いお蕎麦屋さん系”に属するようではあるが、それはそれでなかなかおいしい。ちょっとだけそのまま呑み干して、蕎麦つゆの味をじっくりと楽しんだ。お蕎麦を半分少しくらい蕎麦つゆにくぐらせることにして、あとはもう夢中で、短いが濃厚な蕎麦時間に突入した。無念無想というやつだ。あっという間に良心的な量の大盛りを平らげ、それから、別仕立てで濃厚にしつらえた、薄いポタージュ状の蕎麦つゆを全て楽しみつくしてお店を後にした。

期待を裏切る、なかなかおいしいお蕎麦だった。街の気軽なお蕎麦屋さんで行くのか、専門店で行くのか、それとも最近西口にも増えつつあるという観光客(何を見るのだろう?)を目当てにしているのか、今一つはっきりしないが、おなかがすいたらまた足を運んでもいいかな、と感じさせたお蕎麦屋さんだった。ごちそうさまでした。

その後ちょっとだけWebで調べてみると、二階には座敷があるそうな。なるほど、やはり基本は街のお蕎麦屋さんだったのね。納得納得。街のお蕎麦屋さんだけどなかなか実力もあるよ、という方向性を明確に打ち出していけばいいのかな、などと勝手に考えて自己満足。



2017/7  再訪  せいろ大盛り 870円
散策の最後に竹扇で足を休めることに。炎天下を何時間も歩きづめに歩いたため喉がカラカラだ。花板?のオバサマはよく客をみており、私がコップを空けると何度でもお水を入れてくださる。ありがたい。喉が渇き、疲れ切り、体もほてっているためビールなど嗜みたいが、ここはじっと我慢だ。

供されたいつも通りのお蕎麦は、ことのほかおいしく感じられてあっという間に手繰りきってしまった。塩分を体が要求しているためか、いつもはやらない蕎麦ツユ一気飲み。血圧はどうなった?さらに蕎麦湯を全て楽しみつくし、ようやく人心地ついて岐路についた私であった。空腹は最高の調味料、という、言い尽くされた言葉の意味を体で理解した夕べであった。とてもおいしかった。ご馳走様でした。


2017/7  再訪 せいろおおもり 870エン

珍しく混雑した食事時に伺った。私の注文はいつも通りせいろおおもりだ。ずいぶん待ってからお蕎麦が到着。混んでいるので待ち時間に文句を言うつもりはない。しかしお蕎麦をしげしげと観察すると表面が乾いており、手繰ってみると、、、お蕎麦が饐えている。これは許せない。切れそうな気持が落ち着いてからじっくりどうするか考えた。何度も手繰ってみて、お蕎麦が饐えていることを何度か再確認した。それで、私は結局すべてのお蕎麦をいつも通り手繰らせていただくことに決めた。腹が下るのなら下ればいいさ。蕎麦湯も全て飲み干した。満たされない気持ちで家路についた私なのであった。忙しいのはわかるが、調理して何らかの理由で時間が経ってしまったお蕎麦を客に供して許されるものだろうか?I will give you one more chance, ok?電車で大酒を呑んでふらふらになって帰宅した。家人はあきれていた。


2017/8  再訪 せいろおおもり 870エン

ということで再訪だ。今回は幸いにして“特別ではないがおいしいお蕎麦”を食べることができた。一安心だ。前回のことは忘れてしまおうと思う。お蕎麦は分刻み秒刻みに味も薫りも変わっていく生鮮食品なのだ。お蕎麦屋さんでその事を理解していない方はおられない筈だ。生鮮食品はやはりそれなりに扱う必要があるのではないか。言いたいことは山ほどあるが、また伺おうと考えているのでよろしくお願いいたします。



2018/2 再訪 せいろ 大盛り 870エン (730+140)
       天青  一合  600エン

久しぶりの竹扇だ。店内は結構混んでいて、体の大きい私はあまり好まないカウンターに。目前の壁は出窓の内側のような構造になっており、圧迫感がないのは救いだ。高齢のお金持ちそうな男性二人に挟まれてお蕎麦を待つ。珍しく週刊誌などをパラリ。割と清潔な店内なので落ち着くなあ。それで、このお店では初めてなのだが、蕎麦前を楽しんでみることにした。鎌倉で呑むならやはり神奈川県内で醸されている天青だろう。かなり冷えたものが白い徳利で供された。温度が低いためか、上立ち香が抑制されてしまっているのが残念だ。しかし悪くはない。おそらく特別本醸造であり、フルーティな印象は弱い。一緒に供された漬物をポリポリと楽しみながらお蕎麦を待つ。時間は気にならない。

意外とはやく出来上がったお蕎麦はいつもと違う?お蕎麦は太め、エッジは鋭めで、星が男性的にたくさん散っている。しかしお蕎麦の薫りが強く立っているわけではなく、むしろつなぎを強く感じさせるあたりが面白い。竹扇のお蕎麦ってこうだったっけ?数本手繰ってみると、ちょっとゴリゴリ、ムチムチした噛みごたえなのだが、なぜか喉越しは良好。蕎麦つゆはいつものカツオ弱め、小魚を感じさせる出汁が効いたやや弱めのもの。しかし今回は全体のまとまりがよく、強めの蕎麦つゆのように感じられた。それでもお蕎麦が勝ってしまいそうなので半分くらいくぐらせることにした。薬味の薄い輪切りの蕎麦、生山葵もなかなか結構で、お酒と合うのがうれしかった。

というあたりで待ちに待った蕎麦時間に没入し、例によってあっという間に終了。お蕎麦のもりがいつもより良かったような気がして嬉しかった。蕎麦湯は記憶の中のものと比較するとよりクリーミーで大変結構だった。

神田のものとは方向性が全く違い、洗練度もさほど高いとは言えない。しかし趣味蕎麦と山蕎麦?の間の、いい感じのお蕎麦で、充実した時間を過ごさせていただいた。都心とは違ったなんだか少し垢抜けない店内の感じもなんだか心地よく、全体にとっても満足。ありがとうございました。



2018/3-1 再訪 せいろ 大盛り 870エン (730+140)
       天青  一合  600エン

お気に入りの街、鎌倉を散策した後のお蕎麦は格別だ。蕎麦茶だけでは足りず、お水をお願いして脱水を補正する。そのあとはキューちゃんを肴にして天青、まったりと待っているとせいろの到着だ。前回と同じような、しっかりとしたお蕎麦が供された。蕎麦ツユはいつも通り。輪切りの葱と生山葵もしっかりと肴として役立ってもらった。すべてをおなかに収め、蕎麦湯をたっぷり三杯楽しんで街歩きに戻った。満足。今日もごちそうさまでした。



2018/3-2 再訪 せいろ おおもり  730+140 エン
天青  吞み比べ 800エン

幸運にもまた竹扇に足を運ぶことができた。ピークを外しさえすれば、さほど混雑していない落ち着いた蕎麦時間を期待できる。しかし油断していると“売り切れました”などと言ってお店を閉めてしまうこともあるので、そのあたりは運次第だ。テーブルに腰を落ち着けてから天声を所望したところ、三種類の吞み比べを勧められた。否やはない。それをお願いしてのんびりと昼下がりの時間を楽しんだ。その後最近は味が安定しているおおもりのせいろをじっくりと楽しんで、全ての蕎麦湯を飲み干して体の渇きを癒し、十分に満足してお店を後にした。生山葵に酸味が残っていたのはナゼ?それでもまた伺わせていただくつもりだ。



2018/4 再訪 せいろ おおもり 870(730+140)エン

いつもの竹扇でいつものせいろ おおもりだ。今日はすこしお水、もしくは氷水でお蕎麦を〆すぎたようで、お蕎麦がちょっとぽきぽきしていたようだ。茹で加減の問題かもしれないが。しかしそれでもおのお店のゆるい感じのお蕎麦が大好きだ。いつものように、供された全てのものをじっくりと楽しませていただいた。このお店で県内で醸されている天青をゆっくりと呑んで、それからゆるゆると供されるお蕎麦をじっくりと楽しむことができれば、とりあえずは幸せだ。難しいことは言いっこなし、というやつだ。



2018/4 再訪 せいろ おおもり 870(730+140)エン

いつもの竹扇でいつものせいろ、おおもりだ。今日は出窓のあるカウンターでひとり蕎麦としゃれ込んだ。カウンターで文庫本を開くと、なんとお隣さんが日本酒をオーダー。おつまみの盛り合わせとてんぷらをたっぷり。あまーい日本酒の薫りがプーンと漂ってくる。天国のような時間を過ごしておられる。お酒をお休みしている私には、地獄のような時間だった。ああ、天青のみてえ、、、。本に集中するふりをしてみるが、そんなことは無理に決まっている。少なくとも今の私には不可能だ。仕方がないのでそば茶に加えて水を、飲むべし、呑むべし、のむべし、、、。なんとか耐えきって、ようやく冷たいお蕎麦が供された。いつものつやつやの蕎麦。ブレはあるが悪くない蕎麦ツユ。輪切りのお葱にやはりこちらもいつも通りの山葵だ。無念無想でお蕎麦の世界に飛びこみ、お蕎麦時間に身を浸す。本ではダメだったがお蕎麦なら何とかなって、お隣の日本酒の薫りにも負けずにお蕎麦を楽しむことができた。そして蕎麦湯を待つ、、、松、、、待つ、、、。待ちきれず花番さんに一声かける。“蕎麦湯おえがいしあーす!”。私が日本酒に飢えて機嫌が悪かったからなのか、花番さんは恐縮して何度も謝ってくださる。申し訳ないことをした。それでもいつものように蕎麦湯をたっぷり三杯楽しんで、本日の鎌倉時間にピリオドを打ったのであった。うう、お酒飲みたい。日本酒呑みたい。

しかし時々感じるお蕎麦の酸味。あれの正体は何なのだろうか?


Kamakura 2018/4-2 [Kamakura]

Kamakura 2018/4-2

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現生から逃避するために鎌倉へ。
膝の調子はいまいちだが何とかなるだろう。

<本日のルート>

長寿寺   何度も振られたこのお寺、運よく拝観させていただくことができた。内部は大変きれいで、いたるところに手が入れられている。通常は靴を脱いでの拝観を嫌う私なのだが、靴を脱いで本堂?などに敷かれた緋毛氈の感触を楽しませていただいた。ご住職は、拝観は期間限定、300エン徴収という形でしっかりとお寺を守っておられる。観光客にフルに対応するお寺では、こんなにきれいなお庭を維持することは不可能だろう。青竹とシャガが風に揺れている裏庭の景色など、とてもこの世のものとは思えない。素晴らしかった。

亀ヶ谷切通し この切通しと化粧坂が本日のメインイベント。膝にはきついが楽しくお散歩させていただいた。

薬王寺    ここも宿題のお寺の一つ。厳かに拝観させていただいた。皇室にゆかりがある高貴な方のお墓が、思いのほか大きかったので感動した。ありがたかった。

海蔵寺岩船地蔵堂 何度か拝観させていただいた、かわいいお地蔵様だ。

化粧坂切通し 本日のメインイベントの一つ。お年を召した方たちがツアーを組んで観光を楽しんでおられたのだが、化粧坂で彼らと一緒になってしまったのはちょっと問題だった。皆様子供のように大声をあげて険しい坂のトレッキングを楽しんでおられた。

このあたりでお天気が怪しくなってきたため、残念だがお蕎麦を楽しんでから鎌倉を後にした。しかしもっと歩き回りたかった。あしがウズウズする。妙本寺にお参りする時間も取れず、残念だった。しかしそれでも十分に素晴らしい鎌倉時間だった。次回は住吉城跡を予定している。

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