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Kamakura 2018/6-1 [Kamakura]

Kamakura 2018/6-1


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満を持しての鎌倉行だ。時間がたっぷりあるわけではない。
特別な目的があるわけではない。ただただ鎌倉に身を置きたいだけだ。
それでも本日は現在がけ崩れ?のため通行禁止となっている
釈迦堂切通を今までとは逆の方向から観察するという目的がある。さあ行ってみよう。
、、、   、、、   、、、   、、、   、、、
今日は熱いので沢山汗をかいたが、切通のダイナミックな構造を自分の目で見ることができた。ナルホド、確かにあれが崩落したら大変なことになりそうだ、ということがよくわかった。切通のあたりには工事の方たちのクルマが沢山と待っていたが、どうも工事は遅々として進んでいない印象だ。工事の完了が待ち遠しい。

その後お蕎麦屋さんを数件冷やかし、明王院にお参りしてからすっかり日焼けして帰宅。
内容の濃い数時間だった。
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鎌倉 蕎麦・酒 青海波 ざるそば 950エン [日本蕎麦]

鎌倉 蕎麦・酒 青海波 ざるそば 950エン
        京都  まつもと 600エン


以前からよさそうなお店だとは思っていたのだが、座敷で靴を脱ぐのが苦手で、、、。だって足が臭そうなオヤジが(俺も立派なオヤジだが)裸足でぺたぺた歩いているところを自分の洗い立ての靴下で歩くのはちょっと嫌なのだ。わかっている、わかっている、私は清潔病なのだ。言い訳はスマイ。

しかし某店と某店を振られた私には蕎麦成分が不足しており、もう我慢の限界だ。ああ、本当のことを言えば今日は竹扇に行きたかったのだ。しかししかし、ダメなものはだめだ。靴下を汚す?ことを受け入れてこのお店に伺うことにした。心を鬼にして靴を脱ぎ、案内された店内はありがたいことに清潔感があり、親戚のお家に伺ったかのようだ。お店の方の客あしらいもナチュラルかつフレンドリーで居心地が良い。それでようやく腰を落ち着けることができた。

冷たい蕎麦茶で喉を潤してから京都のお酒をお願いした。これは、、、うん、、、。まあ、人生短かいんだ。うるさいことを言わずにおいしく楽しもう。それで供されたお蕎麦は、、、と。塗りの角盆の上にはいい味を出した薬味の小皿、蕎麦つゆの入った徳利、それから蕎麦猪口。お箸は残念ながら洗いバシで、先っちょが細くなってイガイガがついている奴だ。そいつが上品な箸袋に入っていた。編み上げた丸いざるに乗せられたお蕎麦はきれいな細切り、二八と思われるやつだ。目の調子が悪いので詳細な観察はできないが、断面には細かい穀物の粒々が表現されており、エッジはきりりと立っている。繊細で美しいお蕎麦であり、丁寧な調理がされているように見受けられた。お蕎麦の長さから判断して手打ち機械切りと思うがどうだろうか。さてさてそれで、待ちきれずに数本手繰ってみると、歯切れ、喉越しは結構。粘りは細いだけあってあまりなく、手繰った際のにっちょり感には乏しい。いつものようにお鼻ペッタリクンクンしてみたが、残念ながら穀物のむせかえるような甘い薫りは感じられなかった。ちょっと悲しい。しかしめげずに蕎麦つゆをやってみよう。見かけはやや黒っぽい蕎麦つゆなのだが、神田まつやのものと比べてみると、甘みは少な目、出汁感は強め、全体にまとまりはよくなぜか全体としてさっぱりとした印象を受ける。これはなかなかいいぞ。

小皿に乗った輪切りの葱は、いい感じに水で晒され、水を切ってあり、葱の品質も調理もとてもいい。これだけでおいしいお酒の肴になってくれた。しかし山葵が乗せられていないのはナゼ?忘れてしまったのかしら。まあいいや。それで4割くらいお蕎麦を蕎麦つゆにくぐらせることに決めて、あとは一気に蕎麦時間に突入して忘我の境地をさまよった。この間僅か数分だと思われるが、お蕎麦ってなんだかはかない食べ物なのね。まあそこがいいんだけれど。一見たくさん載っているように見えるお蕎麦は、例によって編み上げられたまあるいざるの底がへこんでおらず上に出っ張っているため、量的にはいわゆる銘店盛りに近い感じだった。お蕎麦の薫りと量以外はかなり満足、それでは蕎麦湯に移ろう。

小さな湯桶に入れて出された蕎麦湯は、かなり粘度の高いポタージュ状。そのままでは蕎麦つゆと混ざらないくらいトロリとしている。味わいはなかなか深く、体が温まる感じの蕎麦湯だった。湯桶を真横にして根性で全ての蕎麦湯を楽しみつくし、ちょっと足の裏に気持ち悪さを感じながら(ちょっとしつこいか)お店を後にしたのだった。お店で客と思われる小さな子供が走り回っていたのがちょっと玉に瑕だったかな。まあそんなこと言っても仕方がないか観光地だし。

鎌倉の蒸し暑い午後、心が涼しくなるようないい時間を過ごさせていただいた。ありがとうございました。

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徒然FD2 2018/6-1 お隣のセンセイ [クルマ]

徒然FD2 2018/6-1 お隣のセンセイ

私の実家のお隣には、偉いセンセイが住んでいた。なんでも華族の末裔だそうで、上品な印象を与えるヒトだった。センセイは大きな病院に勤めており、伝え聞くところによるとどうも院長センセイであるとのことだった。大柄で背筋の伸びた折り目正しい印象を与える人で、休日などは本の執筆かなんかで疲れた頭を休ませるべく、そのあたりをぐるぐる歩き回りながら怖い顔をして煙草をくゆらせていたものだ。センセイが喫煙することはあまり望ましくはないのだろうが、当時はそんなことを考えもしなかった。

このセンセイは若いころからベージュのブルーバードを所有しておられ、その小さな車に大きな体を詰め込んで出勤していたものだ。歳を経るごとにそのクルマは“やれて”いったのだが、変化していく様子を目にするのが私には大きな楽しみだった。錆でボディに穴が空きそうになった時に、センセイがどうするかドキドキしながら見守っていると、センセイはまた、ベージュのブルーバードを新車で買ったものだ。それはブルーバードであり、シーマでもベンツでもなかった。そしてセンセイの毎日は同じように続いていったのだった。

私が覚えている限り3代目のブルーバード、やはりベージュのクルマに代えてしばらくして、この愛すべきセンセイはあの世に旅立ってしまった。先日所用で久しぶりに実家を訪れたのだが、センセイのブルーバードは恐らく何年もホコリをかぶった姿のままで、いつもの車庫に収まっていた。なんだか感動してしまった。ご家族はセンセイの愛車を乗ることもないし、処分するつもりもないようだ。個人的には大変残念だ。引き取って愛でてみたいような気もするが、やはりこのクルマはセンセイのご家族が乗らなくては、と思いとどまった。

最近11万㌔を後にした私のFD2の跡継ぎのことを考えることが多いのだが、こいつが走れなくなってしまったらセンセイのようにまたCivic TypeRを買えばいいかな?などと考えてみた。なんとなく諸元を眺めてみると、新型は車幅がなんと1875㍉もあるではないか!いくら何でもこれでは大きすぎる。拙宅の立体にも入らない。やはり私は、メカ氏の助けを借りながら、FD2を最後まで乗っていくしかなさそうだ。

タグ:FD2
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三宮 やぶそば せいろ二枚 1404エン [日本蕎麦]

三宮 やぶそば せいろ二枚 1404エン

仕事で神戸を訪れた。ここは海と山に挟まれた平地にへばりつくようにして住んでいるという、私が生まれた神奈川県に似た雰囲気を持った土地で、機会があったら住んでみたいと考えるほど好きな場所だ。心身ともに厳しかった仕事を終えて蕎麦成分の不足に苦しんでいた私を救ったのは、なんと “やぶそば” であった。デパートの中にお店を出しているようで、一時的な営業なのかもしれない。ともあれ、そうと決まればお蕎麦を食べなければ私の心も体も収まらない。後先を考えずにそそくさとお店に足を運んだ。お店はそごうデパートの2階にあり、場所を見つけるのに難儀した。しかしそこはそれ、鼻を効かせて何とか探し当てることができた。お店はかなり立派なしつらえであり、なんとなく神田の藪との関係を匂わすような雰囲気、しかしそのことがどこかに銘記されているわけではない。“東京の味”と書かれていたような気がするが、そばに飢えた私は関東にもどるまで上品に待つことなんてできないのだ。蕎麦をくれ蕎麦を。今すぐ蕎麦を!

早速お店に入り込み、テーブルに陣取った。感じのいい、小柄なので高いヒールのついた靴をはいたオネイサンに、すかさず“せいろ二枚お願いね”と注文を通した。例の“せいろにまーい”のコールはなかったようだが、その後ちょっとだけオリジナルと違うコールはなされていたようだ。蕎麦茶ではないのが残念だが、供された冷たいお水をごくごくと飲み干してお蕎麦を待った。花番さんはあまり客をよく観察していないようで、お水のおかわりは遅れがちだった。残念。それでも程なくしておいしそうなお蕎麦が供された。今日は仕事の流れなのでお酒は残念ながらなしだ。悲しいが仕方がない。四角い塗りのお盆に、真っ黒に塗られた長方形のせいろ。その中にはめ込まれた竹でできていると思われるすだれ状の部分は、神田の藪同様に上に向かって反り返っている。つまりお蕎麦の量が少ないのだ。それでも神田の三割増しくらいだろうか?蕎麦猪口と徳利、小皿は神田のものと質感が似たざっかけないもの。しかし蕎麦猪口が浅く、上に向かって開いてしまっており、これでは猪口というより深手のお皿といった趣だ。こんなのでうまくお蕎麦を食べられるのだろうか?小皿の上にはさらし葱と生山葵。両方とも見るからに新鮮で、なんだか絵のように美しい。さてさて、それではお蕎麦からお味見だ。

じっくりと眺めてみると、神田と同じような色調で、表面が穀物を感じさせるようなざらざらとした蕎麦肌。星はほとんど目立たない。緑色はやはりクロレラかな?神田よりやや太め、エッジはやや丸く、おそらく僅かに深く茹でてあるのだろう。期待せずにいつものようにお鼻クンクンしてみると、ぶわっと薫る栗のような気高い穀物の芳香。嘘だろう?薫りが強く立ち上がる復活後の藪蕎麦よりももっと強烈な薫りだ。なかなかいいぞ。しかし茹で方の違いのためか、数本手繰ってみると、歯切れやのど越しはややぼそぼそまったりとしており、個人的にはあまりよろしくない印象をうけた。味わいや舌の奥で感じる深みのある後味も、今一つ浅いように思われた。しかしおいしい蕎麦であることは間違いない。つまらない理屈をこねるのは野暮というものだ。神田よりも盛りがいいしね。それでは蕎麦ツユに移ろう、蕎麦ツユはどうかなっと。蕎麦猪口に僅かに移してみると、すでにして色合いが全く違う。つまりかなり薄いのだ。ツユの味わいを予測させるような外見だ。猪口の蕎麦ツユをじっくりとすすってみると、やはり醤油弱め、全体に薄め、まとまりもやや乏しくカツヲ感も同様。お蕎麦に比べると力が弱めの上品方向な蕎麦ツユだということを認識した。恰好は悪いがお蕎麦を蕎麦ツユに半分以上はくぐらせる必要があると決めた。

お蕎麦に行く前に薬味を。さらし葱は新鮮で繊細に刻まれており素晴らしい。生山葵も薫り高い割に辛さを感じさせない新鮮なおろしたてと思われるもの。薬味は正直に判定して神田より上をいっている。ああ、日本酒がほしいなあ、、、しかしここはぐっと我慢だ。一気に薬味をお口に放り込んで、じっくりそいつを味わった。やはりこれはスバラシイ。さてさてそろそろここらで水でお口をリセットし、魅惑の蕎麦時間に突入だ。お蕎麦の茹で方も蕎麦ツユの目指す方向性も江戸前とは若干違うが、十分に上質な蕎麦だ。蕎麦の魅力に全面的に身を委ねたところ、あっという間に二枚のせいろを手繰り終えてしまった。

蕎麦と一緒に出てきたおそらく別仕立てと思われる、しかしさっぱりとした蕎麦湯を全て呑み干し、けっこう満足してお店を後にした。神戸の江戸蕎麦、ご馳走様でした。ありがとうございました。しかし蕎麦湯はタイミングを見て、アツアツを出してほしいなあ、と贅沢をいいたがる私なのだった。

ああ、そうそう。年配のご夫婦が”エプロンください”とオーダーされていたのを思い出した。お蕎麦にエプロン、とは正直びっくりしたし、実際に紙エプロンが用意されていたのにも驚いた。こいつは関西の文化なのかもしれないし、広がりすぎたおちょこのせいなのかもしれない。なんだかおもしろく、得をした気分だった。旅行ってやっぱり面白いな、それがきつい仕事とセットであっても。

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青山  蕎麦きり みよた  二枚板せいろ  610エン [日本蕎麦]

青山  蕎麦きり みよた  二枚板せいろ  610エン

青山通りに面したPrestigiousなロケーションに、なんとフレンドリーなお蕎麦屋さんが。実は値段を考えずにのんびりした時間を過ごせそうな、お高いお店を選んで入りたかったのだが、青山などを訪れることはあまりないので、あてにしていたお蕎麦屋さん3軒に振られた後は、お蕎麦恋しさに途方に暮れてしまった。とぼとぼと道を歩いているとなんと目の前にお蕎麦さんが。それが“みよた”だった。真面目に生きているといいことがあるもんだ。

ここは調理場をカウンターがコの字型に囲むという、まるで駅そばのようなシンプルな造作のお店だ。店内は幸いにして清潔感が漂っており、蕎麦の品質も悪くなさそうだ。思い切って暖簾をくぐった、というか自動ドアがガラリと空いたのでのそのそと店内に。店内は結構込み合っているが、職人さんたちはにこにこ笑って働いており、花番さんも若いオネイサンで、ニコニコしながら小動物のようにきびきびと動き回って感じが良い。万人向けの机と椅子が体に合わないのは毎度のことではあるが、なんとか巨体をねじ込んでテーブルに落ち着いた。供されたお水をガブリ。すぐに追加のお水が供されたのはとっても嬉しかった。

メニューを眺めて大きなせいろの写真が気に入ったので、二枚板せいろというのをお願いした。しばらくすると、小さなお盆に蕎麦猪口、薬味小皿、蕎麦ツユ、割りばしのセットが乗せられたものを職人さんから直接手渡された。笑顔多めで感じがいい。いいぞいいぞ。薬味は少量のさらし葱と、やはり少量の練りワサビ。しかし両方とも十分に気を遣って調理されており、そのままでも十分に美味しい。しかし今日は事情があってお酒は飲めないので、残念だがお水で我慢だ。と、程なく供されたお蕎麦は巨大な白木のせいろに乗せられており、その中央には海苔がこんもりとおごられている。お蕎麦の薫りをスポイルすることがある海苔はなくってもいいのだが、まあ好みの問題といっていいだろう。蕎麦の盛りがけち臭くないのがなんとも嬉しい。

お蕎麦は細めできりりとエッジが立っており、ながーくしつらえられているのでおそらく機械打ち機械切りだ。表面は程よく透明でピカピカ、星も適度に散っている。お鼻クンクンで吟味してみると、蕎麦粉はおそらく2割以下だが、十分にお蕎麦の薫りを楽しめる。つなぎの雰囲気はあまり感じさせない。若い職人さんがやってくれたのだが、ゆで加減も〆加減も、最後の仕上げの水(井戸水かなんか?)での洗いも最後の水切りも適切であり、お蕎麦はせいろの上でなよなよぷるると喜んでいる風情。数本長―いのを手繰ってみると、歯ごたえよし、のど越し良し、味わいも深みもそこそこあって、後味も良好だ。よしよし、それでは蕎麦ツユに突入だ。徳利から蕎麦猪口に移してみると、、、おお、、、う、す、い。薄い。しかしそれなりにおいしそうなカツヲ系の薫りは漂ってくる。少量試してみると、醤油感は弱め、その分塩感が目立っている。カツヲ感も弱めでみりん等の甘味成分がやや勝っている。しかし蕎麦ツユのバランスが崩壊しているかというとそうではなく、なんというか強烈な膂力で蕎麦ツユを強引にまとめ上げて形にしているかのような印象。つまり全体の一体感が絶妙なのだ。返しも出汁も、大量に調理したのではないだろうか。そうでないとこんな蕎麦ツユにはならないのではないか。

蕎麦ツユ単体ではなかなか良いのだが、お蕎麦と比較すると蕎麦ツユはかなり力弱めだと思われた。組み合わせはあまりよくない、ということだ。それでお蕎麦の半分以上を蕎麦ツユにくぐらせることにして、お蕎麦時間に突入した。歯を少し悪くしていることもあり、私にしては珍しくゆっくりゆうゆうと手繰ったのだが、せいろの大きさに恥じないだけの量のお蕎麦が盛られており、大食漢の私でも、かなりの満足感を得ることができた。その後おそらく茹で汁そのものに近いと思われる蕎麦湯を堪能したが、食事時でもないのに次々にお店に入ってくるお客さんのためを考えて、早々にお店を後にした。本当は蕎麦湯を呑み尽くしたかったのだがそれは粋じゃあないよね。

お会計で驚いた。青山通り沿いにある蕎麦屋さんでせいろ二枚をたっぷりと楽しんで、たったの610エン!すごいコスパだ。職人さんも花番さんも感じがいいし、お蕎麦も値段を考えると望外の出来だ。盛りはいいし値段は安いし、若者でにぎわっているのに違いない、と思って周りをしげしげと見まわしてみると実際はそうでもない。幸せそうにお蕎麦をすすっているのは、おじいさん、おばあさんもいれば、私のようなおじさんも複数。むしろ若い人の方が少なかった。近隣のお蕎麦屋さんがたまたましまっていたので混んでいるのかな、とも考えたが、おそらくそうではないのだろう。このお店は気軽にお蕎麦を楽しみたい都会の老若男女のオアシスになっているのではないか?とくに無心で蕎麦猪口にお顔を突っ込んでいた斜め向かいに座っておられた若めのオバサマの様子が微笑ましかった。全身でお蕎麦が好きなのよ!というオーラが漂っていた。

種物も出るお店なので、狭い店内で当然揚げ物を調理するのだが、それゆえ体中が油の匂いに包まれてしまうことだけがちょっと残念だった。まあ文句を言うと罰が当たるよな。ともあれ、このお店は老舗ではありえないが青山の名店だと思った。ご馳走様でした。ありがとうございました。今日もお蕎麦難民にならずに済んでヨカッタ。

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